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第43話. ルネ感心する
アルノーって皇帝だったんだなぁ……。
ルネが今更呟く。普段あまりそう思えるような事してないもんね。
「今は確約じゃなくっていいや。交渉の最初だから。族長の心に響いてくれたら」
何回か話を持ってきて、進ませるしかない。というアルノーをぼうっと見つめるルネにアルノーは口付けて驚かせた。
「なんか市場の商店の呼び込みみたいだった」
ルネの言葉に、アルノーはなんだそれって思った。
「帰るか、明日」
「まだ、時間があるから砂漠を通らないルートがいい」
わかったよ、アルノー暑いの嫌いだもんね。当てもなく、ヤギたちを見て話していると、ナスィームが走ってきた。
「子供たちを学校に通わせていいって!」
二人に飛びついて来たんだけど、なんなら勢いがありすぎて、少し殴られたからね。
「ずっと前から族長に言ってたんだけど反対されてたの。よかった!私たち、遊牧でずっと移動してるから、普通の教育を受けさせられないじゃない?一人ずつどこかに預けて、え――っと、留学?させたいって言ってたんだけど、私が言うより、外の人に言われるのが何倍も効いたみたい。交易品もまとめて二倍で買ってくれるんでしょ?すごーい、シャヒーン、偉い人だったんだ。そう見えないけど」
「市場の呼び込みがもう一人増えた」
ルネがつぶやいた。
「あれ?どこまで話、通ったんだろう?」
「あ、もう私に一任されたから書類作る?契約書」
「俺が何年も掛かってやっと話通したってのに、こんな一瞬で……」
「いや、ルネが道作ってくれなかったら出来なかったし、ここにルネの子達がいなかったら、そんな話する気なかったから」
午後は、アルノーとナスィームで書類を何通か作った。
全部終わるともう夕方で、砂漠からの風が、北側の山からの風に変わっていた。少し涼しい。
◇◆ ◇◆ ◇◆
ナスィームの娘
バブラという。三歳だ。父親の名前虎 から取った。遊牧地近くの町に交易品である羊毛とセーターを売りに行って知り合った旅人だった。ナスィームは当時もう三十五歳。今まで子供を持ったことがなかった。ルネが遊牧民の一族に加わったところで、既に一族の決まりから年齢的に外れてしまっていた。まして、自分の半分の歳、ひょっとしたら子供くらいの歳のルネと番う気は起きなかった。
恋をした。バブルの方もナスィームを娶りたいと思っていた。
それでも自分は族長の娘。自分が一族のルールを破るわけにはいかない。妊娠がわかると町には行かなくなった。テントは時間と共に次の放牧地へ移動する。二度とバブルに会わない。会えない。それでいいんだ。
子供が産まれてしばらくすると、突然、バブルが訪ねてきた。結婚しようと言われた。そんなわけには行かない。娘に会わせてくれと言われた。多分もう最後だからと会わせると娘を連れて逃げようとした。
彼には遊牧民の一族の決まりが全く伝わらなかった。それはそうだ。彼の常識ではない。
ルネと何人かの女達で叩き出した。もう二度と来ないで。
バブラは子供達の中ですくすくと育っている。この狭い世界の中では幸せだ。広い砂漠の周りが全て私たちの放牧地。なのに狭い世界なんておかしい。どうしても、交易とかで、外の世界と接触がある。バブラはこのままでいいのかな。私と同じ思いをすることになるかも知れない。
まずは子供達に教育を。知ることは大事だ。世界を知ってから自分で決められるのが一番だ。
ところが族長は反対だ。変に知恵をつけてしまったら、一族が立ち行かなくなると。それは間違っていると認めているってことじゃないの?個人より、全体を大事にする私たちの生き方はおかしいの?
そんな風に度々族長とぶつかって腐っていたところだった。宝玉が生まれたから、バブラは一族の族長にはなれないだろう。それならもういっそ、バブルに育ててもらった方が幸せかもしれない。
そこへ現れたシャヒーンのおかげで、すっかり折れた族長はもう引退するそうだ。私に一任だ。一度には無理だろうけど、一族を変えてみせる。
「あ、そういえば」
シャハーブが言い出した。
「バブルさんと連絡取れますよ。俺、居場所知ってます」
「は?」
「あの時、どさくさに紛れて滞在場所聞いて訪ねて、俺の知り合いのところで働くように言ったんです」
「え?なんて……」
「まぁ、ちょっと遠いんですけど、ルブラ連合帝国のグルーディアス領の領主館にいますよ」
「シャハーブ……」
「もう少し大きくなったら、グルーディアスの学校に行かせればいいじゃないですか?バブルさんも喜びます」
バブルに会おう。ゴハルに族長を譲ったら、バブルのところに行こう。それまで通い婚でもいいかって言おう。
突然、霧が晴れたような日だ。ここから新しい毎日が始まる気がする。
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