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●光に微笑む花の色⑧ 心を捧ぐ人

 薄手の服一枚を纏っただけのフィレーヒアの体を、ショルカはそっとベッドに寝かせる。まるで壊れ物でも扱うような手つきだと思いながら、自分の心臓の音から気を逸らそうと天井を眺めていると、重い体が腰に跨ってくる。  膝立ちになったショルカが、身に纏っていた正装を自ら解いていく。分厚い体によく似合う漆黒のローブを脱ぎ、その下の白く清潔なシャツのボタンに手をかける。緊張を隠し切れない面持ちで、上半身を全て晒した。光沢のある褐色の肌が、豊穣の神のようだ。  ショルカはそのまま自らのズボンのベルトを抜き、下着ごと脱ぎ捨てた。膝立ちのまま器用なものだと、フィレーヒアは感心する。目の前に居る魔法使いのガウンをはだけさせることなく、王は一糸纏わぬ姿になった。  恵まれた肢体に目を奪われているフィレーヒアの胸元へ、大きな手が伸びてくる。期待と気恥ずかしさに、細い喉が鳴った。しかし、それはなぜかするすると引っ込んでいく。  もう、今度は何だっていうのか。大きな瞳が抗議の視線を放つ。それを受けて、ショルカは白状するように口を開いた。 「その……私は、経験が無くて……作法が……」 薄い唇が、その後を誤魔化すようにごにょごにょと動く。わからないんだ、と皆まで言うのは流石に恥ずかしかったらしい。 「……童貞か?」 情緒のないフィレーヒアの言葉に、純な王の顔が真っ赤に染まる。 「もしかして……一緒に寝てても全然手を出してこなかったのって、やり方がわからなかったのが原因だったりするか?」 「そ、それは違う!」 ショルカが首を大きく横に振った。 「お前のことが、好きだからだ。嫌がることは、絶対にしたくなかったんだ」 フィレーヒアは、声を張り上げるショルカをじっと見つめた。一人で素っ裸になって赤面している、情事の始め方も知らない童貞のことが、なんでこんなに眩しいのだろうと思う。 「まさか、キスもさっきのが初めてか?」 はっと気づいたような魔法使いの問いかけに、王の顔がますます茹で上がる。そろそろ湯気が立ちそうだった。 「よく、わかった……責任は取るよ」 フィレーヒアがそう言って、膝立ちのまま固まっていたショルカの腕へ、助け舟を出すように手を伸ばす。真っ赤な顔を体ごと引き寄せて、唇を重ねた。ついばむようなキスを幾度となく繰り返した後で、それは深いものへと変化した。  歯の裏をなぞり、舌を吸い上げる情熱的な動きに、呼吸の仕方が分からなくなったショルカが酸素を求めて唇を離す。大きく肩で息をして、華奢な体に覆いかぶさるように倒れ込んだ。呼吸を乱しながらも、フィレーヒアに体重をかけないように腕で自らの体を支えているのが、何とも健気だ。  ほんのりと火照った頬をした魔法使いが、互いの鼻先が付きそうな距離で花のような笑みを見せる。 「お前が綺麗すぎて、萎えそうだ……」 つい見惚れた王が、ムードのない発言をした。  フィレーヒアの繊細な指先が、ショルカの肩をなぞり始める。逞しい胸を通り、下腹部へ降りていく。臍の周りで焦らすように遊んだ後、黒々とした濃い茂みの更に先へすすんだ。 「嘘つけ、ちゃんと勃ってるじゃないか」 「っ、ん……」 ショルカが切なげに呻き声を漏らす。  その指先は欲望を軽くはじくだけで、触れるか触れないかの緩い刺激しか与えてくれなかった。じれったい、そう思いながら汗ばんだ内腿を震わせる。  存分に焦がされながら、王の性器はますます硬く勃ち上がる。限界が近くなり、びくびくと震えているそれを、魔法使いはまたもゆるゆると扱いた。 「あぁ、もうっ……」 あまりに遅い速度でじわじわと襲ってくる、身を少しずつ焼かれるような快感に、ショルカが喘ぐ。 「手、離してくれたら……自分でっ、触るから……」 「だめだ。我慢して」 甘い息が、発熱した耳朶に吹きかかる。そしてその手が、はち切れそうな欲望から、そのふもとにある二つの玉へと移動していく。形を確かめるようになぞり上げる刺激が、ほんのわずかに陰茎に伝わった。  ショルカが辛そうに目を細める。 「っ、もう、いきたい……」 快楽に責め立てられて全身を震わせていても、決してフィレーヒアを潰すまいと、血管の浮いた腕はその体を支え続けていた。欲望の渦に飲まれていくときでさえ清廉な奴だと思いながら、魔法使いは王の鼻先に口づけた。  長い時間をかけて、指先が再びショルカの陰茎にたどりつく。鈴口の雫をぬぐった後で、今度はしっかりと力を込めて上下に扱かれると、先端がまた湿り始めた。  王は荒い呼吸を整えようと、何度も息を吐いた。しかし欲望を愛撫するフィレーヒアの手が休むことを許してくれないから、少しも楽になることは無い。  腹の奥からどろどろしたものがせりあがってくる感覚に、ショルカはかたく目を閉じる。限界まで膨らんだ快感がはじける寸前、声を上げた。 「汚れるからっ、手、離せ……っ」 フィレーヒアは言うことをきいてくれなかった。急に眩しい場所に連れ出されたように、視界が白く染まる。大きく身を震わせながら、可憐な手の中へと夥しい量の熱いものを吐き出した。  射精の余韻が思考を停止させる。しかしショルカは、まだ蕩けている全身をなんとか捩り、ガウン姿の華の隣へ転がるように体を投げた。絶頂の瞬間ですら、私に体重をかけまいとして腕の力を抜かなかったのだから大したものだと、フィレーヒアは感心する。 「腕が痺れたんじゃないか?体重、かけてもよかったのに」 「その細さで、馬鹿言うなよ……。私が乗っかったら、お前なんかぺちゃんこだ」 「まさか。そんな簡単に壊れるような柔じゃないさ」 そう答えるとフィレーヒアは起き上がり、手の中に受け止めた精を口に含む。小作りな膝を抱えて王を見下ろした後で、肌を覆っていたガウンを脱ぎ捨てた。綺麗に結い上げられていた髪が乱れ、発光しているかのような黄金の筋が何本もその肢体に落ちかかっている。その姿は、星や月さえも凌ぐほど煌めいていた。 「ショルカ……」 濡れた声が名を呼び、空気が揺れる。  まだ力の入らない王の前で、フィレーヒアは閉じ合わせていた足を開いた。この世の中で間違いなく最上の美貌が、全てをさらけ出す。  その真白い肌には、先の所有者たちに付けられた傷がいくつも散っていた。しかし、そんな跡すらも糧とするような妖しい美しさが、王の目を引き付けて止まない。  胸の突起と同じ色をした茎が、薄い茂みの中で欲望の形に勃ち上がっていた。その下の小さな蕾を自らの指でなぞり、見せつけてくる。 「……触って。ショルカの好きにしていい」 自分でも気づかぬうちに、ショルカはその肌へ手を伸ばしていた。吸い寄せられるように近づく中指の先を、フィレーヒアが唇で挟む。爪を撫ぜるように舌を絡ませてきた。 「挿れるときは、ちゃんと濡らせよ。女みたいに勝手に濡れないんだから」 指を食みながら喋るものだから、歯と爪が擦れて音が鳴る。これだけ鼓動が騒いでいるのに、そのわずかな音がありありと聞こえるのはなぜなのだろう。  まあ、ショルカは女も知らないか。艶を湛えた唇がやっと指を離し、そう続けた。  理性や、正気や、たがと呼ばれるものが、王の頭の中で音を立てて崩れ落ちる。  崩落の華。思い出す価値もないはずの醜悪な呼び名が、不意に王の脳裏を過った。  さっきまでは確かに力が入らなかったショルカの体を、沸き上がる欲望が突き動かし、フィレーヒアを押し倒す。 「……ほらな、壊れないだろう」 からかうような瞳でそう告げた魔法使いをシーツに縫い付け、キスをする。まるで食らいつくような激しい口づけだ。ショルカの舌は、フィレーヒアの唇から鎖骨へ移動し、更に下降して胸の突起を吸った。 「あっ、んんっ……」 すぐに芯をもつそれを舐ると、潤んだ鳴き声が響き始める。  舌は薄い腹を経て、茂みを暴いた。果実のような性器を口に含み、既に蜜を滲ませていた先端を吸い上げた。 「……っ、ああっ!」 フィレーヒアが喘ぐ声が裏返る。腰が揺れ、性器が口内から逃げた。ショルカはそれを捕まえて、またも口づける。  太腿を掴むように押さえられたフィレーヒアは、快感を貪りながら鳴き続けた。 「はぁっ……んんっ、あぁ……!」 小さな尻が持ち上げられ、反り返るほどに勃ち上がった果実を解放したショルカの舌が、会陰へ伸びる。味わうようにそれを渡った後で、後孔へ差し込んだ。  舌先で内側を暴き、襞を嬲る。それは何度も繰り返された。 「んんっ、それ……だめっ……っ!」 確かに濡らせとは言ったけれど、流石にそこを直接舐められるのは予想外だったフィレーヒアが、甘く溶けた声で訴えた。しかし、興奮しきった王の耳には届かない。  先ほど射精したばかりだというのに、ショルカのそれは痛い程硬く張り詰めている。華が嬌声を上げるたび、ただですら崩れている理性が、さらに欠片さえ砕かれていく。  ついに、綻びきった蕾に猛った欲望の先端が当てがわれた。 「……ああ、ショルカ……っ」 これから貫かれることを悟ったフィレーヒアが、喘ぐ声を揺らして愛しい名を呼ぶ。ねだるような響きに招かれて、太く雄々しい体の一部が、美しい華の内部へ、その奥へ、押し入って行く。 「んっ、ううっ……!」 くぐもったような濡れた声に、ショルカの鼓膜が振動する。欲望を奥までねじ込もうとすると、しなやかな体が仰け反った。ただでさえ大きな瞳が、こぼれてしまいそうなほど見開かれる。構わず進んだ雄々しい性器が、最奥まで辿り着いた。 「はっ……、ああ……」 大きすぎるそれを全て飲み込んだフィレーヒアが漏らしたのは、喘ぎというよりもほとんどただの吐息だった。  それより奥へ進めないことがわかると、ショルカはわずかに腰を引き、そしてまた差し込んだ。何度も何度も、繰り返し腰を打ち付ける。 「っ、あああ!奥、こわれるっ……!」 最奥を突かれたフィレーヒアが、かすれた声を上げた。突き上げるたびに全身を揺すられながら、必死にかぶりを振っている。汗か涙かわからないものが、その度に散った。 「壊れないって、言っただろ……!」 そう一蹴したショルカの猛った性器が、偶然入口付近のある箇所をこすった。ただでさえ我を忘れたような快感に晒されていたフィレーヒアの体が、ひときわ大きく仰け反った。 「いやぁっ、だめ、そこ、だめ……!」 眉根を寄せ、蕩けたような声音で鳴き続ける姿に、ショルカの劣情は脈打った。また同じ場所を、一層強く抉る様に突く。 「ひっ、それ……っ、やだ……ああっ!」 ショルカが蕾の最奥に精を放ったのは、フィレーヒアが自らの白濁で腹を汚したのとほとんど同時だった。  絶頂を終えた陰茎が柔らかな後孔から抜けると、ショルカは薄い胸の上へ倒れ込む。ほとんど反射的に、体重をかけないよう腕を力ませようとしたけれど、この疲労感の中では流石に無理だった。 フィレーヒアが、王の広い背中に手を回す。すぐに折れてしまいそうだと思っていたその体は決して潰れることなく、熱い腕でショルカを包み込んだ。  情事の後、時間の経過とともに王の頭は徐々に冷静さを取り戻し始めた。我に返ると、経験したことのない罪悪感が襲ってくる。  大切に、壊れ物の様に扱わなくてはいけなかったのに、途中から完全に色香に狂ってしまった。あまりの興奮のために記憶がところどころ飛んでいるが、特に終盤はとんでもない独りよがりな欲望をぶつけてしまった覚えがある。  フィレーヒアに、何て声をかければよいのだろう。とりあえず謝らなくてはと思うのに、恥ずかしさと気まずさで顔が見られそうにない。ショルカは逃げるように体をすべらせ、ベッドの端で魔法使いに背を向けた。  そんな王の体に、ふわりと布団が掛けられる。視界の端で、上半身を起こしたフィレーヒアが切なげな表情を浮かべていた。 「……幻滅したのか?」 可憐な口元が紡いだその意味が、ショルカにはよくわからない。答えあぐねていると、フィレーヒアが更に眉根を寄せる。 「ショルカは、私のことを可哀そうだと思ってくれているようだけど……ずっと無理矢理蹂躙されてきたわけじゃない。乱暴にされるのを恐れて、自分から体を開いたこともある。ねだったり、誘ったり、随分としてきたんだ」 布団越しの背中に近づいてきた薄い手が、触れるのを躊躇ってか宙を舞う。 「私は、体も誇りも捨てたような淫乱だ。童貞の王には、刺激が強すぎたな」 自嘲するような息遣いが聞こえる。ショルカは上半身を起こし、ひらひらと行き場なく舞っていた手のひらを握った。自らの体の重さに負け、すぐに天井を仰いで寝そべってしまったけれど、力が抜けても愛しい手は離さなかった。 「……捨ててなんかないだろ。お前の体はちゃんとここにあるし、生き抜いたことが誇りだ」 そう言って、漆黒の双眸でフィレーヒアをじっと見つめる。 「痛手の大きさを天秤にかけて、戦い方を変えるなんて当然のことだ。剣を盾に持ち替えて立ち向かう兵士を、誰が責めるんだ」 そんなことを言われるなんて思わなくて、フィレーヒアは何も答えられなかった。 暫しの沈黙が流れた後で、魔法使いはやっと口を開く。 「お前は……ショルカは、どんな願いを叶えてほしいんだ」 「願い?」 随分と話題が変わったと感じながら、そういえばそんなのあったな、とショルカは思い出す。主と認めた人間の願いを、叶えるとかいう。  自分の一番の望みは何だろう、王は考えを巡らせた。レラ国との関係が改善すること。アムアが無事に帰ってくること。うーむ、悩ましいな……。 「……世界中の皆が、幸せでありますように」 しばし考え込んだ後で、ショルカはそう言った。 「長く生きてきて、王にもたくさん出会ってきたが……そんなことを言う奴は初めてだ」 「はは、子供のような願いだよな。呆れたか?」 困ったような顔でショルカが笑う。フィレーヒアは、そんなことない、と否定し、呟いた。 「……素敵な願いだ」 信念も、容姿も、願い事も、何もかもが眩しい奴だと思う。  崩落の華。その名は、国を破滅させるという意味と、理性を崩し男を落とすという意味を合わせて、遥か昔に呼ばれ始めた。好きでこの容姿に生まれたわけじゃないし、無理やり犯されてきたというのに酷い名だと憤った。しかし長い年月を経て、首筋を噛んだ男に自ら股を開く瞬間がやって来た時から、私にはその名を拒絶する権利は無くなったのだと思っていた。  失ったはずの誇りを、奪われたはずの体を、ショルカが私の中へまた埋めてくれた。もう二度と、見失ったりするものか。  けれど、最後まで離さず守り抜いた心だけは、捧げてやってもいい。初めての情事を経て腰を抜かしている、この男に。

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