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光に微笑む花の色⑪ 二度と触れられなくても

 レラ国への物資は、定期的に贈られ続けた。命を落とした側近がそうしたのと同じように、半分は城へ運ばれ、半分はコーグ国の従者の手からレラ国の貧しい民衆のもとへ直接配られた。貧しい者たちに届く量が城のものより多ければ、欲深い王はそれを取り上げに来るかもしれないというアムアの配慮は、引き継がれた。  しかしその一方で、レラ国の治安も、コーグ国との関係も、上向く日は訪れなかった。ただでさえ頼れる存在を失ったショルカの心に焦りが襲う。それは、王にある決断を急がせた。  「ああ、やっと会えた……。久しぶり、ショルカ」 アムアが死んで半年後、三度目の救援が出発した日の昼過ぎ。物理的にも精神的にもあまりに大きい仕事量に押しつぶされそうになっているショルカの部屋を、フィレーヒアが訪れた。 「こんな時間にこれから就寝か。まさか、昼寝じゃないよな」 ベッドに体を横たえていた王の横に躊躇なく寝そべり、からかうような笑みを見せる。  この美しい魔法使いと最後に顔をあわせたのは、もう一週間以上前のことだった。激務に追われる王に、自由な時間はほとんどない。食事さえ仕事の話をしながら、ほとんど会議のように行われることが多くなり、フィレーヒアと過ごす穏やかな時間は確保が難しくなった。寝る時間さえ不規則だから、今はベッドも部屋を隔てて別々だ。 「体、壊してないか?食事は、ちゃんと摂ってるか」 「まさかフィレーヒアに、食事の心配をされる日が来るとはなぁ」 たわいない会話が、ショルカの心を癒した。  多忙な王が自室に戻るわずかな合間を見つけ出しては、愛しい魔法使いはこうして寄り添いに来てくれる。  どちらからともなく顔を寄せ合い、唇を重ねる。短いキスの後で、フィレーヒアは短くなった黒髪を撫でた。 「……私に叶えてほしい願いは、決まったか?」 そう問いかけられ、フィレーヒアから打ち明けられて間もない魔法使いの秘密を、ショルカは思い返す。  魔法使いは自分が主と認めた人間の願いを、どんなものでも一つ叶える。それはよく知られている話だが、果たして彼らは、何をもって主と認めるのか。  それはあまりにも単純で、「愛する」ことだという。魔法使いに心から愛され、仕えたいと願われたときに、人間は主と認められる。そして主が求める願いが、叶えられるのだ。  拍子抜けするくらいシンプルな条件だったが、それならば無理矢理捕らわれた魔法使いが願いを叶えることはなかったという言い伝えに、合点がいく。 「私はショルカを愛している。だから、お前は私の主だ。どんな願いでも、叶えてやる」 何も答えずにいる王を見つめ、フィレーヒアは何かに勘付いた様子を見せた。 「世界中の人々の幸せを願うと言っていただろう?何か他にも叶えてほしい願いが出来たのか?」 他の願いに心当たりがありそうな口調のフィレーヒアに、ショルカは白状した。 「少しだが……会いたい者がいて」 「アムアか」 気づくのが早いなと、王は思う。 「ああ、そうだ……。今になって、あいつに教えてほしいことが山ほどあって――いや、そんなのは言い訳だ」 王は嗚咽を堪えるように、口元を押さえた。 「……アムアは、私のせいでレラ国で死んだようなものだ。命を奪ってしまった罪悪感が、日ごと増していく。それに耐えるのが辛くて、あいつに帰ってきてほしいと思ってしまう。世界中の人々の幸せなんかより、自分の罪悪感から逃げたくてたまらないんだ」 フィレーヒアは何と返してよいかわからずに、ただショルカの顔を見つめ続けた。 「だから、こんな私の願いなんか……叶えるのはよせ」 「えっ?それは、どういう……」 魔法使いの心臓が嫌な音を立てた。悪い予感がする。 「……この国のずっと南に、先王の代から友好的な関係を築いている島国があるんだ。そこの女王に、お前を受け入れてくれるよう、手紙を書いた」 「よく、意味がわからないな」 ショルカが言わんとすることは、だいたい見当がついた。しかしフィレーヒアは、わざとわからない振りをした。 「レラとの関係は、一向に修復できていない。何としてでも避けたかった開戦が、現実として見え始めた。何に代えてでも、民は守るけれど……お前のことは気がかりだ」 珍しく視線を逸らしたフィレーヒアに、ショルカが続ける。 「女王はいい人だ。あの小さな島の周囲に、敵は居ない。お前が魔法使いだと、知る者もいない。ただの美しい人間としてなら、きっと幸せに生きていける」 「……行かないぞ、私は」 「わかってくれよ。もう二度と、傷ついて欲しくないんだ」 ショルカが、フィレーヒアの首筋に手を伸ばす。歯の形の深い傷は、だいぶ薄くはなったけれど消えてはいない。おそらく永遠に残るのだろう。その痛みを思えば思うほど、ショルカの決意は固いものになる。 「なるべくはやく、馬車を用意するから……準備が出来たらすぐ、出発しろ」 「……ショルカ、願えよ。あの時言っていたように、世界中の人々の幸せを願え。二度と争いの起きない世界を、私が叶えてやる。そうすれば開戦なんか起きずに、ずっと一緒に……」 戦争が始まり、王として命を落とす未来を回避するよりも、あの側近に帰って来て欲しいのか?罪悪感なんかじゃなくて、アムアのことを本当はずっと愛していたんじゃないか?魔法使いの心に浮かんだ問いかけは我ながらくだらなくて、口に出すことなどできなかった。  ショルカは何も言わず、フィレーヒアの肌から手を離した。もう決して触れることは無いと、覚悟しながら。  かつて『崩落の華』と呼ばれた魔法使いがコーグ国を後にする朝、フィレーヒアが見送りに来てほしいと言っていると、侍女が王に伝えてくれた。結局ショルカが出向くことはなく、馬車は予定時間を大幅に過ぎて出発した。  遠い場所へ去っていく彼を思い描きながら、ショルカは父と行った銀世界を思った。自然が偶然作り上げたとは到底信じられない、美しい形をした雪の結晶を受け止めた瞬間が、胸に蘇る。  それは幼い手の中ですぐに溶けてしまったから、見つめることが出来たのはものの数秒だ。 けれど、ただ一瞬でも、その輝きに出会えたことが嬉しかった。

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