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光に微笑む花の色⑬ 王の願い

 レラ国の歩兵軍が撤退してから初めて昇った太陽を、ショルカは早朝のバルコニーから眺めていた。一夜が明け、開戦を覚悟していたのが嘘のように、城の中は静まり返っている。 「……ショルカ」 「ああ、驚いた……お前か。疲れているだろうに、早起きなんかするなよ」 寝間着姿のフィレーヒアが、王の隣でもたれるように頬を寄せた。  彼を送り届けるべく、共に南の島に向かっていた従者の話だと、この魔法使いは道中で随分と暴れたらしい。絶対に帰ると言ってきかなくて、船に乗せようものなら泳いで戻ると喚いたとか。 「……つくづく、強い奴だなあ」 「ん?何か言ったか?」 「いや、独り言だ」 ショルカが、今度はきちんと伝わる大きさの声で、愛しい魔法使いに言う。 「本当は、離れたくなんか無かった。ずっと一緒にいたかった。でも、お前がまた奪われて傷つけられるかもしれないと思うと、耐えられなかったから……」 言い訳がましく、王は魔法使いの首筋に触れた。 「ショルカは、勘違いしてるな」 「え?」 「これは傷じゃない。勲章だ」 歯の形の跡を見せつけるように、得意気に髪をかき上げたフィレーヒアを、王は呆気にとられた顔で見つめる。 「剣を盾に持ち替えて立ち向かった、その証だ」 ショルカが言ったくせに忘れたのかと、なじるような瞳を向けてきた。 「……そうだった。お前は、簡単に壊れるような柔じゃないんだよな」 王が、魔法使いに口づける。その苛烈なまでの強さを知っていながら、慎重すぎる程に優しく抱き寄せた。 「……レラ国は、これからどうなるんだ?」 「さあな……」 「誰もが幸せで、笑顔でいられる世界が叶ったのなら、この国だけでなく隣国も共に救われるはずだろう?」 ショルカの問いかけに、フィレーヒアが口を開く。彼が発した内容は、耳を疑うものだった。 「……わからないな。そもそも、私は願いを叶えていないから……」 「はっ?」 その体を抱いたまま、王は驚きに硬直する。 「どういうことだ……?」 「軍隊は、私が願いを叶えようとした寸前に、命令に背き自分自身の意思で撤退したんだ。彼らは、繰り返し物資を贈ってくれた王を、暴動で側近を殺しても助け続けてくれた国を、攻撃することなどできなかったんだろう」 フィレーヒアが、王の背中に回す手に力を込めた。 「私の魔法が世界を変えたんじゃない。ショルカの優しさが届いたんだ」 毅然とした声でそう言われ、ショルカはぽつりと小さな声で呟いた。 「じゃあ……レラ国では、これから歩兵軍と王が戦うのか。それだけじゃない。世界中で、今も争いが続いているのか」 「まあ、そうだな」 美しい魔法使いが、王の腕から抜け出て頷く。 「ショルカ、私はまだ魔法を使っていない。だから、改めて誰もが幸せで、笑顔でいられる世界を叶えてやってもいい。それか、アムアに会いたいなら……そっちを叶えてやってもいいぞ」 ほんの少し意地悪な声音が響く。ショルカは苦笑し、首を横に振った。 「あいつに会うのは、私が自分の力で罪悪感を乗り越えてからにする。ずっと先――天寿を全うしてから、会いに行くよ」 アムアだけじゃない。父にも、母にも、先王にも、きっといつか会って語り合える日が来るだろう。 「……しかし、お前の魔法を使えば、本当にこの世界は変わるのか?」 「神聖な力を疑うのか?安心しろ、絶対に願いは叶う」 フィレーヒアは胸を張った後で、こう続けた。 「しかし、考えてみると……世界全体を変えるというのはなかなか複雑なことだから、おとぎ話のように一瞬で実現するということは難しいのかもしれないな。叶うまでの過程で泣く人々が居て、犠牲が払われて……もしかしたら、長い時間がかかるかもな」 美しい魔法使いが、王の手をとる。 「それでも、ショルカの願いは必ず叶うぞ」  ショルカとフィレーヒアが居た時代は、現代のはるか彼方、遠い昔だ。魔法使いという種族も、太陽に愛された光の大国コーグも、今となってはその存在を証明するものは何もない。  けれど、あの朝日が差すバルコニーで、心優しい王の願いはしっかりと聞き届けられた。今なお誰かの血が流れ、争いが絶えなくても、この世界は確かに前進を続けている。魔法の力に背中を押され、誰もが幸せに笑い合う、その瞬間を目指して。

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