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第5話 責任の形

数日が過ぎても、透の体調は戻らなかった。 出社すれば笑顔を貼り付け、後輩や同僚と同じように机に向かう。けれど、夜が深まると身体は鉛のように重くなり、ベッドに沈んでも眠りは浅い。 「先輩、大丈夫ですか? やっぱり顔色、悪いですよ」 悠が資料を持って駆け寄ってくる。 「……大丈夫だ」 そう言いながら、透はわざと笑った。無邪気な笑顔に救われながらも、胸の奥は冷たく沈んでいく。 *** 夕方、ポケットが震えた。 【来い】 ただ二文字。それだけで全身が固まる。 逃げ道はない。悠を守ると決めたのは自分だ。 透は無言で立ち上がり、外の風に頬を打たれながらタクシーに乗り込んだ。 窓に映る自分の顔は無表情で、その虚ろさに自分でも息を呑んだ。 *** ホテルの部屋。 扉を閉める音が背を押すように重く響く。いつものように部長が立っていた。 「遅い」 低い声。それだけで全身が緊張に固まる。 ベッドに押し倒され、シャツのボタンが外される。 透は声を絞り出した。 「……待ってくれ。もう……こんなふうにされるのは……」 言葉は震えて途切れる。 「他のことなら……何でもする。雑務でも、金でも……身体以外なら全部……」 部長の手が止まることはなかった。 「なら、佐藤に代わらせるか。元はと言えばあいつのおかげでこの状態なんだ。それに、言っておくが、まだ前戯しかしていない。お前だって男同士のセックスくらい知っているだろ?根を上げるのは早い」 透は一瞬で青ざめ、目を見開いた。 「……セックスって…それだけは絶対に嫌だ。佐藤を巻き込むことも…頼むから…っ!」 強い声音に、部長は目を細めた。 「そこまで守る必要があるのか」 「……あいつは、まだ新人で……こんなところで…」 必死の言葉も、部長には届かない。 「男を庇えるお前が、俺を拒む理由はどこにある」 冷徹な理屈。 「責任を背負うと自分で言ったんだろう。すり替えは許さない。それとも、佐藤のことが好きなのか?」 「……っ、違う……そんなんじゃない」 透は唇を噛んだ。 部長はそのまま透を押さえ込み、冷たく命じた。 「それなら、黙って従え。無理矢理にでもヤレるところ待ってやってるんだ」 シーツが軋み、背を押さえる掌が逃げ場を奪う。 (……は?待ってやってるってなんだよ…確かに部長はいつも射精すらしない…どちらにしても俺はここにいない。感じるな、何も……) 声を堪えるために腕に歯を立てる。じんじんとした痛みだけが現実を知らせる。 目の奥が熱いのに、涙はこぼれない。 やがて部長の呼吸が荒くなる。 「しかし痩せたな。抱き心地が悪い」 吐き捨てるような声が頭上から落ちた。 胸を握り潰されるような言葉。それでも透は何も返さなかった。 *** 帰り道、夜風は冷たかった。街灯の下に落ちる自分の影は細く、揺れていた。 家に戻り、シャワーを浴びても皮膚の奥の火照りは消えない。噛んだ腕の跡だけが赤く残った。 布団に潜り、天井を見上げる。 (……終わりにしてくれ) そう祈る。だが、まぶたの裏に浮かぶのはやはり部長の姿だった。 眠れない夜が続いていく。

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