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第9話 揺らぎ
体調は戻りつつあった。
熱は完全に下がり、食事も自分で摂れるようになった。
それでも夜になると、部長は必ずやって来た。
仕事を終えてスーツ姿のまま玄関を開け、ためらいもなく靴を脱ぐ。
「風呂だ」
その一言で、透は拒む間もなく肩を掴まれる。
「……もう、自分で……」
「信用できない」
短く切り捨てられ、浴室へと連れていかれた。
***
湯気が立ち込める白いタイルの空間。
部長の手がシャツを脱がし、透の肌を露わにする。
シャワーの音が頭上から降り注ぐ。
タオルで首筋を拭われ、背中を擦られる。
何度も繰り返された看病の一部──そう思おうとした。
けれど今日は違った。
体調が戻った分、感覚が鋭くなっている。
部長の引き締まった胸板や腕の筋肉、滴る水滴が目に入るたび、心臓が速まる。
(やめろ……見るな……)
必死に自分を叱咤するが、身体は裏切った。
股間がじわりと熱を持ち、反応してしまう。
慌てて両手で前を隠した。
「……隠すな」
冷たい声。
「ちが……違う……!」
必死に否定する声は震えていた。
部長の視線が突き刺さる。
「言い訳は聞かない。――誤魔化すな」
手首を掴まれ、隠していたものを強引に引き剥がされる。
反応した自身が露わになり、透は羞恥で潰れそうになった。
「処理する」
淡々とした一言。
そのまま指が絡み、扱き始める。
「や……やめっ……」
透は腕を持ち上げ、声を噛み殺そうとした。
だがその肌には、これまでの行為でつけられた痣がまだ残っていた。
ようやく薄くなりかけていた赤紫の跡を目にした部長の動きが、一瞬止まる。
(……声を出さないようにするためについたものだったのか…)
ほんの少し、胸の奥で何かがざわめいた。
だが表情には出さない。
代わりに低い声が落ちた。
「……我慢するな。声を出せ」
「え……」
「噛むな。黙るな。感じているなら、誤魔化すな」
指の動きが再開される。
容赦なく扱かれ、熱が昂ぶっていく。
堪えようとした喉から、抑えきれない声が漏れた。
「っ……あ……っ、や……っ」
羞恥に頬が熱くなる。
泣きながら声を上げる自分に、屈辱と快楽が同時に押し寄せた。
「そうだ。隠すな」
冷徹な声音。
けれどその言葉がかえって、透の心をぐちゃぐちゃに掻き乱す。
「……いや……こんなの……!」
涙で滲む視界の中、熱は限界を迎えた。
体の奥から迸り、白濁が指の中で虚しく弾ける。
浴室の床に滴る音がやけに大きく響いた。
透は顔を覆い、嗚咽を漏らした。
「……気にすることではない」
部長は淡々と告げる。
透は答えられなかった。
声を出すことを強いられた羞恥と、身体が裏切った事実に、胸の奥が焼けるように痛かった。
***
ベッドに戻されたあとも、皮膚は火照ったままだった。
(どうして……俺は……)
否定しても、耳の奥には自分の声が残っている。
我慢しろと言われたことはあっても、「出せ」と命じられたのは初めてだった。
意味が分からない…何か俺はこの人にしたのか…
こんなことをされる、何かを…
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