14 / 38

第14話 逃げ場のない呼び声

「勝手で結構だ。忘れるな――お前はもう俺から自由にはなれない」 その言葉を背に、透は夜道を歩いた。 背中に焼き付くような視線を感じながら。 (……勝手すぎる) 自宅に戻ってソファへ崩れ込む。 酔いは醒めきらず、吐息も乱れたままだった。 ポケットの中でスマホが震えた。 ――【来い】 見慣れた二文字。 だが示された先はホテル街ではなく、都心の高層住宅地。 (……部長の……家……?) なぜ、という疑問が胸を揺さぶる。 特別な存在ではないのに。 それでも指は拒否の動きをせず、タクシーを拾ってしまった。 *** 無機質な光に包まれたタワーマンション。 オートロックの解錠音。 扉の向こうには部長が立っていた。 「遅い」 冷たい声とともに腕を掴まれ、リビングに引き込まれる。 モノトーンの部屋は隙なく整えられていた。 冷たい空気なのに、彼の存在感だけは濃く漂っている。 「……どうして、自宅なんですか」 透は声を震わせた。 「ここなら誰にも邪魔されない」 当たり前のように返してくる。 「……俺は特別なんかじゃない」 「特別だと言った覚えはないが」 胸がきしむ。 反論を飲み込む間もなく、ソファに押し倒される。 「……やめ……っ」 必死の声も無視され、容赦ない手に体は裏切るように震えた。 理性は拒否しているのに、結局、透だけが追い込まれて果てた。 荒い呼吸を吐く透を見下ろし、部長は短く告げる。 「シャワーを浴びろ」 抗う気力もなく、足取りも覚束ないまま浴室へ向かった。 *** 熱い湯を浴びても、心は少しも洗い流せない。 鏡に映るのは赤く泣き腫らした目。 「俺……何やってるんだ……」 吐き出した声は震えていた。 タオルで拭いて出ると、部長がシャツと下着を差し出す。 「それを着ろ」 そして、入れ替わりに浴室へと入っていった。 袖を通した瞬間、鼻をくすぐるのは彼の匂い。 鏡に映る自分は、自分じゃないように思えた。 羞恥と屈辱が胸を突き破り、堪えきれず涙がこぼれる。 押し殺しても止まらず、嗚咽に変わった。 「……いやだ……もういやだ……」 肩を震わせ泣き続ける透を、浴室から戻った部長が見下ろす。 「泣くなら、最初から拒めばよかっただろ」 「……拒めるわけないだろ……あんた相手に……」 涙に濡れた瞳で睨むように見上げる。 「なら黙って従え」 淡々と落ちる声に、胸の奥がきしむ。 「わかってる……でも、俺……このままじゃ…壊れる……」 その言葉に、部長の腕が動いた。 肩を掴み、力強く抱き寄せる。 「……泣いて…壊れても、離すことはできない」 透は驚いたように顔を上げる。 「……なんで……?」 短い沈黙のあと、冷徹な声が落ちた。 「そんなこと、お前は知らなくていい。ただ、俺から離れることは許さない」 矛盾した言葉。勝手すぎる支配。 それなのに抱きしめる腕は強く、決して離そうとしなかった。 透は泣きながらその胸に顔を押し付けるしかなく、嗚咽が彼のシャツを濡らしていく。 やがて嗚咽が次第に弱まり、落ち着いていった。 「お前、眠れていないだろう」 耳元に低く囁かれ、返す声は出なかった。 「……拒みたければ拒め」 そう告げながらも、腕は優しく透を閉じ込めていた。 胸の奥に、不思議な温度が広がっていく。 抗えず、透は泣き疲れて瞼を閉じ、そのまま眠りに落ちた。

ともだちにシェアしよう!