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第17話 沈む夜に

皿の上のオムライスは、ふわりと湯気を立てていた。 「……いただきます」 スプーンを口に運ぶと、卵の柔らかさとケチャップの酸味が広がる。 部長が無言で視線をよこす 「……美味しいです」 思わず正直に答えてしまう。 その瞬間、胸の奥に小さな温かさが広がった。 「そうか」 短く返されるだけなのに、不思議と心に残る。 しばらく食べ進めていると、不意に部長が言った。 「今日は……楽しかったか」 透はスプーンを止め、思わず顔を上げた。 「え……」 唐突すぎて意味が掴めない。 「カフェも、散歩も」 淡々とした声に、透の胸がざわめく。 (……なんでだろう) そんな考えが頭をよぎり、頬が熱くなった。 「……はい。楽しかったです」 嘘は言えなかった。 「こういうのは……悪くないです」 「そうか、今後の参考にさせてもらう」 (なんの参考だよ…) だが短い沈黙のあと、ほんのわずかに口角が動いたように見えた。 (……今、笑った?) 確信は持てない。 それでも胸が妙にざわついた。 *** 食後、シャワーを浴びるように促される。 透は彼のシャツと柔らかいパンツを渡され、袖の長さに情けなさを覚えた。 (……俺、完全に部長のものじゃないか……) 風呂上がり、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、椎名がテレビのリモコンを手にしていた。 「映画でも見るか」 「えっ……映画、ですか?」 「嫌か」 「……嫌じゃないですけど」 ソファに並んで腰を下ろすと、スクリーンに光が映し出される。 淡々と流れる映像。 だが物語よりも、隣にいる存在が気になって仕方なかった。 「……部長でも、こういう映画見るんですね」 「部長でもって…たまには見る」 「もっとドキュメンタリーとかしか見ないのかと思ってました」 「仕事以外の時間まで堅苦しいものは見ない」 「……意外です」 会話はそれきり途切れた。 静かな音楽と映像に包まれ、透は徐々に瞼が重くなっていった。 気づけば頭が部長の膝に沈んでいた。 「……すみません……っ」 慌てて起き上がろうとするが、頭を押さえる大きな手がそれを止める。 「そのままでいい」 「……でも……」 「いい」 返す言葉が見つからず、透は観念したように目を閉じた。 耳元に伝わる体温と呼吸が、意識をゆっくり奪っていく。 *** ふと目を覚ますと、体が持ち上げられていた。 「……っ」 視界に映るのは部長の横顔。 「ベッドで寝るぞ」 低い声が耳を打つ。 ベッドに下ろされ、布団がかけられる。 だがそのまま肩を抱き寄せられ、腕枕に閉じ込められた。 「……部長……」 名を呼ぶ声はかすれて震えた。 返事はなかった。 ただ大きな腕が透の背を包み、胸元に額が押し当てられる。 鼓動が耳に響き、まぶたが再び落ちていった。 (……どうして、こんなふうに……) 最後に残った意識の中でそう思いながら、透は眠りに沈んでいった。

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