22 / 38

第22話 取り決め

背中に熱を感じたまま、目を覚ました。 部長の腕がしっかりと腰に絡みつき、離れることを許さない。 昨夜、強引なことをされ、泣き疲れて眠った記憶が胸を締めつける。 (……もう、曖昧には続けられない) 勇気を振り絞り、声を出した。 「……部長」 背後の気配が動き、腕が少しだけ緩む。 それでも抱きしめられたまま、冷たい声が返ってきた。 「話をさせてください」 「…話せ」 「俺……“なんでも言うことを聞く”って言いましたよね」 「言ったな」 「でも……無条件に従うなんて、もう俺にはできません。だから……規約みたいなものを決めたいんです」 胸の奥の言葉を必死に押し出す。 「例えば……“拒否は許さない”って言葉、もう使わないでほしい。もちろん、呼び出された時は来ます。でも、どうしても嫌なことは、ちゃんと断れるようにしてほしい」 長い沈黙。 背中に押しつけられる体温が、余計に苦しくなる。 やがて耳元に、低く重い声が落ちた。 「……お前は俺を縛りたいのか。それとも逃げたいのか」 「……え?」 「規約なんてものを作るのは、俺とこの関係を続けるってことだろう。逃げたいなら、何も決める必要はない」 突き放すような言葉。 だけど、どこか揺れている気がした。 (……逃げたいんじゃない。だけど、このままじゃ壊れる) 「俺は……逃げたくて言ってるんじゃありません」 声が震えながらも、はっきりそう言った。 その瞬間、背後の腕が強く抱きしめ直す。 息が詰まるほどの力に、胸の奥がざわついた。 「……お前は、俺を困らせる」 冷徹な響き。 だけど――その奥に別の感情が混じっている気がした。 たまらず、俺は口を開いた。 「……部長。なんで俺を自由にしないんですか。少しでいいから理由を教えてほしい。なにか事情があるなら……俺だって協力できるかもしれない。そうすれば……俺だって楽になれる」 背後の体が一瞬、強張った。 長い沈黙のあと、かすれるような声が落ちた。 「……今は言えない。けど、いつか話す。……それまで待てるか?」 問いかけというより、逃げ場のない宣告。 耳元の熱が、皮膚に焼き付く。 「…分かりました」 胸を締めつけられながらも、俺は静かに目を閉じた。 (……待つしか、ないのか) 答えのない不安と、微かな希望を抱えたまま、朝は始まっていった。

ともだちにシェアしよう!