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第22話 取り決め
背中に熱を感じたまま、目を覚ました。
部長の腕がしっかりと腰に絡みつき、離れることを許さない。
昨夜、強引なことをされ、泣き疲れて眠った記憶が胸を締めつける。
(……もう、曖昧には続けられない)
勇気を振り絞り、声を出した。
「……部長」
背後の気配が動き、腕が少しだけ緩む。
それでも抱きしめられたまま、冷たい声が返ってきた。
「話をさせてください」
「…話せ」
「俺……“なんでも言うことを聞く”って言いましたよね」
「言ったな」
「でも……無条件に従うなんて、もう俺にはできません。だから……規約みたいなものを決めたいんです」
胸の奥の言葉を必死に押し出す。
「例えば……“拒否は許さない”って言葉、もう使わないでほしい。もちろん、呼び出された時は来ます。でも、どうしても嫌なことは、ちゃんと断れるようにしてほしい」
長い沈黙。
背中に押しつけられる体温が、余計に苦しくなる。
やがて耳元に、低く重い声が落ちた。
「……お前は俺を縛りたいのか。それとも逃げたいのか」
「……え?」
「規約なんてものを作るのは、俺とこの関係を続けるってことだろう。逃げたいなら、何も決める必要はない」
突き放すような言葉。
だけど、どこか揺れている気がした。
(……逃げたいんじゃない。だけど、このままじゃ壊れる)
「俺は……逃げたくて言ってるんじゃありません」
声が震えながらも、はっきりそう言った。
その瞬間、背後の腕が強く抱きしめ直す。
息が詰まるほどの力に、胸の奥がざわついた。
「……お前は、俺を困らせる」
冷徹な響き。
だけど――その奥に別の感情が混じっている気がした。
たまらず、俺は口を開いた。
「……部長。なんで俺を自由にしないんですか。少しでいいから理由を教えてほしい。なにか事情があるなら……俺だって協力できるかもしれない。そうすれば……俺だって楽になれる」
背後の体が一瞬、強張った。
長い沈黙のあと、かすれるような声が落ちた。
「……今は言えない。けど、いつか話す。……それまで待てるか?」
問いかけというより、逃げ場のない宣告。
耳元の熱が、皮膚に焼き付く。
「…分かりました」
胸を締めつけられながらも、俺は静かに目を閉じた。
(……待つしか、ないのか)
答えのない不安と、微かな希望を抱えたまま、朝は始まっていった。
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