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第25話 呼んでしまった名前
布団に入っても眠れない夜が続いていた。
週末の呼び出しは変わらない。
食事を与えられ、シャワーを浴び、髪を乾かされ、ベッドに押し込まれる。
それだけ。
触れられることはなかった。
安堵よりも寂しさが募る一方で、透は自分がどうしたいのか分からなくなっていた。
(……依存してるのは、俺の方……?)
胸の奥がざわめく。
嫌悪していたはずの手を、今は待っている。
触れられないことが苦しくてたまらなかった。
***
その夜も同じだった。
布団に横たえられ、短く告げられる。
「寝ろ」
透は目を閉じたが、眠れるはずもなかった。
時計の針の音だけが静かに響く。
身体は疲れているのに、頭は熱を帯びたまま冴え渡っていた。
堪えきれず、布団を抜け出した。
廊下を進むと、リビングにほのかな灯りが見えた。
間接照明に照らされ、ソファに座る部長の横顔があった。
その姿を見ただけで胸が詰まる。
呼吸が浅くなる。
声にならない声が喉を震わせ、やっと絞り出せた。
「……部長」
掠れた呼びかけ。
黒い瞳がゆっくりこちらを向いた。
射抜かれるような視線に、透は堪えきれず手を伸ばした。
シャツの袖を掴む。
「……っ」
目が合った瞬間、涙があふれた。
止められない。
自分の気持ちが分かったようで、でも分からない。
寂しさなのか、欲しさなのか。
ただ胸がぐちゃぐちゃになって、涙だけが頬を伝った。
「……俺……っ、なんで……こんな……」
声は嗚咽に溶け、言葉にならない。
自分でも何を言っているのか分からなかった。
それでも部長は耳を傾けていた。
無言のまま立ち上がり、透を抱き寄せる。
固い胸板に顔を押しつけられる。
「……大丈夫だ」
低い声。
冷徹さの影を落としながらも、優しい響きを帯びていた。
大きな掌が背をゆっくり撫でる。
落ち着かせるように、あやすように。
「泣け」
短い一言。
その許しに、張りつめていた心がほどけた。
透は嗚咽を洩らしながら、子供のように泣きじゃくった。
「……いや、ちが……俺……」
「いい」
「……でも……」
「いいと言ってる」
冷たさと優しさが同居する声。
その矛盾が余計に胸を乱す。
けれど、背を撫でる手は確かに温かかった。
***
涙が落ち着いた頃には、部長の胸元は濡れていた。
袖を掴んだ手は離せずにいた。
透は自分の心がもう逃げられない場所にあると気づきかけていた。
(……俺は、もう……)
依存しているのがどちらなのか。
そんな問いすらどうでもよくなるほど、胸の奥は部長で満たされていた。
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