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第27話 喪失感

朝。 窓の隙間から光が差し込み、透は目を覚ました。 視線を動かせば、隣に部長の気配。 頬を支える腕の温もりが残っていた。 「……っ」 一瞬で顔が熱くなる。 昨夜、自分から求めた腕枕。 恥ずかしさに胸が締めつけられ、慌てて体を離そうとした。 「支度しろ」 短い声が落ちる。 まるで何事もなかったかのように。 透は小さく頷き、スーツに袖を通した。 背中にまだ残る重みが、仕事への集中を乱した。 *** 昼。 会議室で悠の声が震えていた。 小さな数字の誤りを、透は自然にフォローする。 「ここは修正済みです。提出に問題はありません」 「ありがとうございます、先輩」 安堵の笑顔を向けてくる悠。 会議後、透は呼び止められた。 「……佐藤には優しいな」 冷たい声。 そこに潜む感情を測りかねて、透は息を詰めた。 (……誤解されてる。違うのに……) 話そうとしたが、周囲の目もあり言葉を飲み込んだ。 結局そのまま、胸の棘は抜けないまま週末を迎えた。 *** 結局、話すタイミングがなく、週末の夜になってしまった。 【来い】の呼び出しに安堵したが、透は決意を固めていた。 (……今日こそは、ちゃんと話す) 部屋に入っても部長はいつも通り冷徹で、食事を終えても沈黙が続いた。 耐えきれず、透は切り出した。 「この前のことですけど……」 黒い瞳が向けられる。 「佐藤に優しくしてるのは……佐藤が初めての教育担当だからです。 他の後輩より特別なのは、正直あります。 でも、それ以上でも以下でもありません」 部長は表情を変えない。 その沈黙が、透を焦らせた。 「誤解されたままは嫌なんです。佐藤をそれ以上に見るなんてありません」 数秒の間の後、部長の声が落ちる。 「……佐藤がお前を好きだと言ったら? お前は優しいから、受け入れるだろうな」 透の胸が跳ねた。 言葉が詰まり、次の瞬間には怒りに似た声が飛び出していた。 「……何言ってんだよ! 俺はゲイじゃない!」 呼吸が乱れる。 声は震え、喉が焼けるように熱い。 「好きって言われて好きになるなんて……そんなことあるわけがない!」 誤解を解きたかった。 ただそれだけだった。 だが、部長の瞳の奥に影が落ちたのを、透ははっきりと見た。 「……もういい」 (…なんで、そんな傷ついた顔するんだよ) 「部長…」 「…もういい。……自由にしてやる」 短く吐き捨てられた声が、部屋の空気を凍らせた。 *** その夜を境に、呼び出しは途絶えた。 透は自分の言葉が何を壊したのか分からないまま、ただ深い喪失感に沈んでいった。

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