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第34話 素直になれる夜

週末の夜。 スマホが震え、画面に三文字が浮かぶ。 ――【くるか?】 透の胸が自然と高鳴った。 (……呼ばれた) すぐに「行きます」と送る。 自分でも苦笑する。嬉しいのに、素直すぎるのは照れくさい。 *** 夕食を共にし、シャワーを浴びたあと。 リビングに戻ると、いつものように部長がドライヤーを手にしていた。 「座れ」 短い声に、透は椅子へ腰を下ろす。 温風が髪を揺らし、指が梳くたびに心臓が跳ねる。 (……やっぱり、心地いい) 「部長……この前の“触りたい”って、どういう意味だったんですか」 手が止まる。 数秒の沈黙ののち、低い声が落ちる。 「お前だからだ」 「ん?俺だから?どう言うことですか?」 「………」 「…余計に意味がわかりません…」 手櫛で髪をいじりながら言う 「……多分、俺はお前と同じ気持ちだ」 「同じ……?」 「これまで誰も好きになったことがない。女も男も、誰も。だから“好き”って感情が正直よく分からない。 ただ……お前がそばにいないと落ち着かない。触れたいと思うし、他の誰かと笑っているのを見ると、気分が悪い」 透の胸が跳ねる。 「……それって」 「それが“好き”ってやつなのか、ただの独占欲なのか……俺には分からない」 (それでも……俺だけを見てくれてるんだ) 透の顔が熱くなる。 「……他の人にも、そう思うことあるんですか」 部長は迷いなく首を振る。 「ない。お前だけだ」 心臓が痛いほど跳ね、透は慌てて顔を背けた。 「……それって…めちゃくちゃ俺のこと好きじゃないですか…」 小声は風に紛れて消えた。 *** 布団に潜り込むと、自然に体が部長の方へ傾いた。 「……今日は、どこで寝るんですか」 少しだけ意地悪に聞いてみる。 「決まってるだろう」 低い声とともに、腕が伸びる。 透は迷わずその中に潜り込んだ。 腕枕。 胸板に頬を寄せ、包まれる。 「……もう、嫌じゃないんです。こうしてもらうの」 つい漏らした言葉に、自分で顔を赤らめる。 部長は返事をせず、た抱きしめる腕に力を込めた。 (……これでいい。これだけで眠れる) 安心に包まれ、透は静かに瞳を閉じた。 *** 部長は眠れなかった。 透の寝息が胸に触れるたび、理性が揺さぶられる。 (抱きしめて眠れるだけで……こんなにも) けれど、それ以上はしなかった。 今はただ、この腕の中に透がいることを確かめながら夜を過ごす。 眠れる透と、眠れない自分。 その静かな対比を抱えたまま、夜が更けていった。

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