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蹂躙(じゅうりん)
※強引な性描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
遙の声は一見穏やかだったが、底に潜む狂気と欲が隠しきれていなかった。反射的に後ずさろうとした瞬間、遙の手が素早く匠の腕を強く掴む。
「やっ……やめろ……っ!」
逃げようとする足を掬われ、匠はソファに押し倒される。すぐさま覆い被さる遙の体温が、理不尽なほど重くのしかかった。
「だがその前に……お前は俺のものだ。先ずは、それを今から嫌という程、教えてやる」
「……あ……いや……やだっ!」
「嫌?……まだ何もしていない……」
言葉を切る間も無く顎を掴まれ、強引に唇を奪われる。舌が乱暴に侵入し、唾液を味わうように絡む。苦しげに喘ぐ匠の声は、遙にとって支配欲を満たす甘い蜜になる。
「っ……や……ふぁ……っ」
「何がそんなに不安なのか分からないが……お前のその不安を解消させてやる……」
耳元で吐息混じりに囁かれ、匠の背筋が凍りつく。大きな手に腰を掴まれると強引に引き寄せられ、敏感になり切った身体が再び熱を帯び始める。
「あっ……いやだ……いや……」
「ふふ……もう興奮しているのか。威勢が良いのは結構だが、もう少し素直になった方が良い……こっちの口の様にな」
下だけを剥がされ脚を大きく開かされるとすぐに貫いてくるのは遙の長い指。既に湿ったそこは簡単に指先を受け入れ、嬉しそうにヒクヒクと動く。匠の掠れた叫びも、震える秘部も、全てが遙の欲を煽る。
「ひぁっ……ぁ……だめぇ……っ」
「駄目なのは指だけで善がるお前のここだろう。今直ぐもっと悦いのを挿れてやる……」
低く唸るような声。そしてその宣言通りに、遙の膨張した熱が匠の狭い体内に沈む。すんなり飲み込まれ、愉悦の表情を浮かべた遙は律動を開始する。
「ひうっ!……や、やぁっ……あ……っ!」
「……やはりお前は指より俺のが好きな様だな。相変わらずキツい締め上げだ……」
深い打ち込みと共に放たれる言葉は、麻薬のように匠の脳へと染み渡る。
「……うぁっ!ひっ……や……やだぁっ……!」
「まだ言うか……」
拒絶の声を嘲笑うように、深く中を抉る。理性も羞恥も飲み込み、ただ遙の所有物として存在することだけを強要するような無慈悲な行為。それでも、涙に濡れた琥珀の目の奥に微かに揺れる「好き」という欠片。それを感じ取った遙の口元に冷たく歪んだ笑みが浮かぶ。
「……全く、身体だけは素直で本当に可愛いな、お前は……」
更に深く、更に執拗に。愛欲と快楽の渦に、匠は何度も溺れていく。
「……やっ……あんっ……!」
呻き混じりの声が喉の奥で割れる。乱れた吐息が、ソファのクッションを濡らすほどに熱い。遙の手が、匠の腰を支配するように力強く掴む。無理やり引き寄せられた身体が、何度も最奥を抉られるたび甘い快感が頭を突き抜ける。
「……っ、や……もうやだ……っ、やだぁっ……!」
掠れた声は、遙の理性を溶かすには十分だ。声を殺そうと噛んだ唇からは微かに血が滲む。
「……そんなに止めて欲しいなら、懇願してみろ」
耳元で囁く低音の声が、首筋に震えるように這う。匠の細い指が遙の肩を押し返そうとするが、全く力が入らない。
「ひぐっ……やだ……っ、おねがい……も、ゆるしてっ……!」
喉を震わせ涙が頬を伝う。しかし遙は一切緩めないどころか加速させた。
「……可愛いお願いだ。なら、もっと激しくしてやらないとな……」
吐息が混じった声に、匠は弱々しく首を横に振る。
「ひっ……や……もう……いやだ……っ!」
「俺が悪いのでは無い。お前が可愛過ぎるのが悪い。……少しは自覚しろ」
再び深く貫かれると背中が仰け反り、理性は弾け視界が白く霞む。
「……すきっ……だから……やめてっ……!」
泣きじゃくりながらの訴え。その声は弱く、でも必死で、何よりも真っ直ぐだった。だが遙はその声を聞いた瞬間、目を細め静かに笑う。
「……何を言っている?そんな事を言われたら余計に止まらなくなるとは思わないのか……?」
言葉と同時に動きは更に深く、容赦が無くなる。奥を突かれるたび匠の全身は跳ね、喉から悲鳴に近い声が漏れる。
「あっ、やぁ……っ!もう……むりだってばっ……!」
「……知りたいんだろう?俺の全てを。なら受け入れろ」
低い声が、汗に濡れた肌の上で響く。何度も繰り返される絶望と快楽の境界。匠の涙は止まらず、零れた雫がソファに落ちる。
「やだぁ……やめて……っ、すき……なのに、どうして……や……あぁっ!」
「……望んだのはお前だ。だから、壊れるまで愛してやる」
遙の甘美な囁きは、匠にとってはただの暴論でしかない。もう拒絶の言葉は遙の耳には入っていないのだろう。
「ふふ……奥が収縮してきた。そんなに悦んでくれるとはな……」
この言葉も、より強い快楽を引き出す為の戯れに過ぎない。目の端に光る涙と震える嬌声。その匠の反応の全てが、遙の瞳には唯一無二の愛の証明を示しているように映る。
長い行為が終わった後、部屋に残ったのは身体の熱と湿った呼吸の名残だけ。匠はソファの上に横たわり、荒い呼吸を繰り返していた。全身に散った赤い痕と、滲んだ涙の跡が情事の激しさを物語っている。
「っ……くそ……」
小さく呻くように声を漏らし、匠はそっと身体を起こそうとした。けれど力が入らず、革に沈む指先が僅かに震える。視線を上げると、少し離れたテーブルの前に座る遙が目に映る。長い銀髪を一つにまとめ、衣服を整え、ノートパソコンを開いて書類を捲る姿は、まるで何事も無かったかのように冷静だった。
(……何で、そんな普通にしてられんだよ……)
匠は小さく唇を噛む。血が固まった箇所を再び噛んでしまい痛みに顔をしかめる。喉の奥に言葉がせり上がるが、それは熱と涙に溶けて消えていく。遙は匠の方を見ようとしない。書類に視線を落とし、淡々とページを捲る指先。静かな打鍵音と、紙の摩擦音が部屋に虚しく響いた。
「っ……!」
匠はそっと、身体を隠すように丸くなる。熱はもう引いているはずなのに、胸の奥には未だ焦げ跡のような疼きが残っていた。
何も言わない。
何も聞けない。
けれど、何かを言えば崩れてしまいそうな沈黙。
「……バカ……」
声にならない声が喉の奥でくぐもる。それでも遙は画面を見つめたまま、淡々と仕事を進めていた。息を殺すようにソファに顔を埋める匠の肩が小さく震えた。だが、その震えを遙は決して拾おうとはしない。日はすっかり傾き、外はもう既に暗くなっていた。その闇に飲み込まれるように、匠の心も沈んでいく。
翌朝、まだ夏の朝靄が街を包んでいる時間。遙はいつも通り整った白いワイシャツを着て、腕時計をはめる。匠の寝顔を一瞥し、無駄の無い動作で玄関を出た。マンションのエントランスを抜け、歩道に足を踏み出す。その瞬間、静かな気配が視界の端を横切った。
「……おはよう、遙。相変わらず早いね」
高く穏やかな声。その響きに一瞬だけ遙の足が止まる。目の前に立つのは、端正な顔立ちと静かな微笑みを携えた朔。
「……何の用だ。朝からお前の顔を見て気分が悪い」
遙の声は低く、冷たい。それを受けても朔は微笑を崩さず、僅かに首を傾げる。
「一昨日は突然ごめんね。挨拶だけでもしておこうと思ってさ」
「……先に言っておく。何を企んでいようと無駄だ。俺にも匠にも、何も届かない」
牽制するように遙の青灰色の瞳が細まり、氷のように鋭く光る。しかし朔は、それを面白がるように小さく息を吐いた。
「ふふっ。あの頃とまるで変わってないね。いや、今の遙の方がずっと醜悪かな」
遙の眉が僅かに動く。だが表情は変わらない。
「……お前に言われるとは心外だな」
「そうだね。僕は理想しか愛せなかった。でも君は、その理想を演じて、ただ貪欲に愛を欲してる」
朔の声は静かだが、その奥に鋭い棘が潜んでいる。
「……あの子は、君の全てを受け入れられるのかな?」
遙は無言のまま朔を蔑視する。その沈黙が却って答えよりも深い意思を伝えていた。
「まぁ、すぐに分かるよ。どうせ君の歪な愛に耐えられなくなって……そのうちパンクする。で、その際に必要になるのが、この僕だ」
微笑む朔の灰色の瞳は、まるで深い井戸の底のように見えず、冷たい。
「……もう二度とお前の面など見たくは無い」
遙の声は低く、そしてどこまでも冷ややかだった。その気配に、一瞬だけ朔の目が細くなる。
「怖いな……でも、いずれそうなる運命だよ。その時を楽しみにしてるね」
そう言い残し、朔は背を向けた。ジャケットの裾が朝の風に揺れ、足音だけが淡く残る。遙はその背を無言で見送り、しばらく動けないまま立ち尽くしていた。
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