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不信(ふしん)
※性描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
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「……信じられないか?」
低く落ち着いた声が闇に沈む。匠は小さく肩を震わせたまま、返事が出来ない。
「なら、証明してやる……」
静かに告げると同時に、遙の指が匠の顎を掴んで無理やり顔を上げさせる。
「あぅ……っ」
視界いっぱいに鋭く細められた青灰の瞳が迫る。その奥には深い闇と狂おしいまでの執着が燃えていた。
「……俺が、どれだけお前を愛しているかをな……」
低音で囁いたその刹那、匠の唇を激しく奪う。乱暴に絡む舌と唾液が混ざり、口内は貪られる。
「……っ、ふっ……やぁ……っ!」
抗おうとする手を遙は片手で簡単に押さえつけ、そのまま組み敷く。頭上に固定された指先は小さく震えて無力に空気を掻いた。
「……大人しくしろ」
命令するような声に匠の背中は更に震え、全身から力が抜ける。
「や、やめ……」
「……駄目だ」
遙は服の裾を乱し、敏感な肌を指先で滑らせる。匠の身体がビクンと跳ねた。熱い吐息が首筋を這い、そこに唇を落とし痕を残していく。
「……お前は、俺だけを信じろ」
「……あ……っ……!」
耳元で囁かれる声は甘い毒のよう。逃げ場の無い快楽と恐怖が、交互に胸を突き刺す。
「……ほら、ここはこんなに感じている」
囁きと共に、濡れた秘部に指先を押し込まれると匠の声が喉の奥で裏返る。
「やっ……いやぁ……」
指で貫かれるたび涙が滲み、何度も制止を促す声が快楽の波に呑まれていく。
「……や……やだぁ……」
「……嫌なら逃げてみるか?尤も、逃がす気は無いが」
その一言と共に再び深く、鋭く抉られる。白い視界の奥で、狂おしい愛と支配が溶け合う。
「……お前は誰のものだ?」
「……っ、いや……」
「……日本語が理解出来ないのか?」
「……あっ……は、はるかの……」
「聞こえない、もっと大きな声を出せ」
「……っ、はるか……おれは、はるかのもの……っ!」
それを聞いた遙の口元に、満足げだが何処か冷たい笑みが浮かぶ。
「足りないな。……そういえば、今夜はお前を徹底的に躾ける、と言ったな」
遙の低声が耳の奥を打つ。何度も果てそうになっては寸前で止められ、快感を欲する匠の身体が大きく痙攣する。
「……や……っ、もう……むり……っ」
「お前が無理でも、俺は無理では無い」
遙の大きな手が匠の腰を支える。逃げる術も無く、指は更に奥まで深く貫いてきた。
「……っ、ひぁっ……!」
背中が反り、声が喉で千切れる。汗と涙が混ざり合い、呼吸は浅く乱れるばかり。
「……お前は、俺だけに従え」
耳元で囁く声は底無しに冷たく、背筋を凍らせる。
「ひぅっ……も、ゆるして……」
「許しが欲しいのか。何の許しだ?」
「も……もう、やだ……。わかった、わかったから……だから、もう……ねかせて……」
「……駄目だ」
再び深く沈められ、奥を弄られた匠の身体は悲鳴を上げる。無駄だと分かっていても勝手に動く、拘束された両腕。
「あ……っ、す……きっ……」
「……またそれか。まるで馬鹿の一つ覚えだな。まぁ、悪い気はしないが……」
遙の動きは止まらず、寧ろ激しく、執拗に直腸を抉る。
「……っ、あっ……やぁっ……!」
「……なら俺が良いと言うまで続けろ。休むな、ひたすら言え」
「すき……すき……すきぃ……っ!」
「ふふ……検討だけしてやるか……」
匠の頭の中は白く塗り潰され、支配も命令も、全てが快楽に変わる。
「や、あ……っ、すき……っ……あぁっ!」
「……ほら、どうした。まだ良いとは言っていない」
「……すき……すきだ……っ」
息をするたびに匠の身体が小刻みに震える。汗で濡れた肌を遙の舌が這い回るその感触が、敏感になり過ぎた全身には強い刺激となる。
「……お前の全てが俺のものだ。不安を感じる暇など与えない」
「あぁっ、すきっ……!」
「良い子だな……匠……」
指がもう一本追加され、動きが苛烈になると匠の腰は大きく跳ね、喉の奥から甘い悲鳴が零れた。押さえ付けられていた腕が解放されたが、力無くその場に留まる。涙で濡れた睫毛、赤く腫れた唇。意識が遠のく寸前、微かに漏れる声。
「……すき……」
遙はその言葉を聞き、満足そうに唇の端を吊り上げた。
「……もう良いぞ。お前が俺を好きなのは分かった。俺の証明も理解してくれたな?」
低く、喉の奥で唸るような声だったが、言葉の意味だけを捉えた匠の表情が少しだけ安堵に染まる。
「……で、お前はこれからどうしたい」
ゆっくりと、遙の手が匠の柔らかい茶髪を梳く。優しく見えるその動きに潜むのは、邪な欲望。
「……本当に、こんな状態でお前は眠れるのか?」
目の奥で光る狂気と渇望。それは支配でも証明でも無く、ただ剥き出しの欲。
「……ふ……っ」
もう声を出す気力も残っていない匠の唇に強く、深い口付けが落ちる。舌が荒く絡み呼吸を奪う。何度も貪り、離してはまた喰らい付く。
「俺は……お前の全てが欲しい。もう手に入れたも同然だが、それでも、まるで足りない」
荒い息遣いが、耳元に注ぎ込まれる。熱を帯びた、欲望丸出しの吐息。
「肌の奥、骨の髄、心の底まで全部。匠の全部が、俺のものでなくては気が済まない……」
狂おしいほどの甘い囁き。匠は、遙が何を言いたいのか、溶けた思考では理解出来なかった。遙は起き上がり、ドロドロになった箇所から指を引き抜く。
「っ、あ……もう……やらぁ……」
匠の両膝に手を添え、脚を大きく開かせる。さっき何度も欲を吐き出した筈の熱が、黒のスラックスの上から再び硬く主張していた。
「……指だけじゃ辛いだろう。挿れて欲しいか?」
「や……っ、むりっ……!」
「……欲しいなら欲しいと言え、早く」
はち切れんばかりの自身を取り出し腰を強く引き寄せ、匠のぐちゃぐちゃの秘部に宛てがう。粘膜を擦り、そのまま少し動くと液が混ざり合い、遙の昂った自身までが濡れる。
「あっ、や……いやぁ……っ」
「……言わないなら、このままだ」
熱い舌が膝を這い、汗で湿った大腿に爪が軽く食い込む。匠の身体は痙攣し、首を必死になって横に振った。
「……お前が素直に求めるまでは、朝までずっとこの体勢だ。さぁ、どうする」
吐息混じりの声が、狂気と歓喜に塗れている。
「ひぅ……っ、あ……」
頭の中で絶望と快楽がせめぎ合う。告げられた真実と、与えられた刺激。
(もう……寝たい。ヤリたくねぇよ……でも、拒んでも、どうせ……)
「……ほ、ほしい……から、いれて……」
「……そうか、挿れて欲しいか。……良い子だ」
優しい囁きと共に、遙が腰を沈める。
……と思ったが、何故か遙は立ち上がった。衣類を整え、ソファから離れる。何事かと、匠は真っ赤な顔で目の前の男の動きを見つめている。
「な……え……?」
崩れ落ちそうな身体を何とか支え、困惑しながら声を発した。
「……今夜は許さない、と言った筈だ」
「あ……あ……っ」
静かな夜に響く、冷徹な支配者の声と震える服従者の声。遙の青灰の瞳は渇いた光を帯びたまま、匠を見下ろしていた。
窓の外が、ゆっくりと白み始める頃。ガラスの向こうでは、ビル街の輪郭が夜の闇を溶かすように浮かび上がっていく。匠は整ったシーツの中で、浅い呼吸を繰り返していた。瞼の裏には、ぼんやりと夢のような残像が漂う。
(ここは……どこ……?)
深い海の底のような静けさと、頭を締め付けるような重い疲労感。現実のはずなのに感覚は全てぼやけ、形が曖昧。
(アホの遙は……どこだ……?)
手を伸ばそうとしても力が入らない。微かに動く指がシーツを掴み、すぐに滑り落ちる。夢の中では、誰かが優しく微笑んでいた気がする。それは遙だったのか、直斗だったのか、はっきりしない。
(……夢……)
呼吸が一つ、浅く震える。胸の奥でねっとりと絡みつく恐怖と寂しさ。底の見えない深い湖に落ちたような孤独。その中で、不意に耳元に声が響いた。聞き慣れた、いつもの低音。
(……お前は、俺だけのものだ……)
ハッとして目を開くが、そこにはただ薄明かりの天井があるだけ。それでも脳裏には鮮明に遙の青灰の瞳が浮かぶ。
(……夢にまで出てくんな、バカ……)
小さく息を吐くと喉がひりつくように痛い。琥珀の目の奥が熱を帯び、もう涙も出ないほどに乾いていた。
「……何で……俺……あんな奴……」
掠れた声が、誰にも届かず消える。夢と現実の狭間に取り残されたように、匠はただそこに在るしかなかった。白む空は美しく、無垢。その光の中で、匠の小さな震えだけが微かに布の下で続いていた。
朝の光が広いダイニングテーブルを淡く照らす。そのテーブルの上には、手際良く並べられた食事。トースト、スクランブルエッグ、カリカリに焼かれたベーコン、湯気の立つトマトスープ。匠は湯気をぼんやりと見つめながらフォークを持つ。無意識に揺れる指先。
(コイツ……都合が悪くなると、すぐにおっ始めやがって……)
何度も何度も繰り返された躾と証明。泣いて、叫んで、力尽きるまで。絶対に許されず、逃れられず、最終的に無理やり納得させられる。
(……この、ドS変態鬼畜絶倫モンスター!!)
口の中にベーコンを入れ無理に噛み締めるも、味が分からない。けれど、無理にでも食べないとまた余計な事になる。
「……美味いか」
遙が静かに問い掛けてきた。その声は穏やかで、昨日の猛獣のような気配は微塵も無い。
「……普通」
短く返すと匠はまた視線を皿に落とす。その琥珀の目の奥には、やり場の無い苛立ちと諦めが渦を巻いていた。
(……昨日は、ひでぇ目にあったぜ。ったく、自分だけ満足しやがってよ。……いや、別に、したかったとかじゃねぇし!クソバカアホ性欲モンスター!!)
喉まで出かかった罵倒を飲み込む。口に出せるはずがない。もし出せば、また躾や証明という名の地獄が始まってしまう。熱々のスープをほんの少しだけ口に含み、チラリと目の前を見やると、その対面で遙は微笑みを浮かべ平然と食事を進めていた。
(チッ。何普通にメシ食ってんだコイツは……俺の気も知らねぇで……!!)
俯き、無理にでも口を動かす匠の顔に笑みは無い。だが、心の奥底には何処か諦め切れない愛情が確かに疼いていた。
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