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遭遇(そうぐう)

※性描写があります。苦手な方はご注意ください。 ────── 「や、いやっ!やめろ、バカ……っ!」 匠の声が朝の日光で照らされたリビングに響く。ダイニングテーブルの端に手をつき、必死に身を引こうとする。 「……無駄だ」 遙の大きな手が腰を掴み、逃げる隙を与えない。指先がぐっと食い込み、身体は簡単に引き寄せられる。 「っ……あ……」 「……可愛い」 低い囁きが、耳奥を甘く溶かす。首筋に落ちる唇、肌をなぞる熱い舌。その愛撫だけで背筋が跳ね、呼吸が浅くなる。 「やっ……ち、遅刻する……っ」 「なら手短に済ませれば良いのか?……善処しよう」 遙の声は穏やかで、甘い。 「一回だけにしてやる。感謝しろよ……」 首元に吸い付かれると、匠は小さく悲鳴を上げた。 「いっ……!あっ、やだ……!」 「早く終わらせたいんだろう?……もっと声を出せ」 鼓膜に届く低音の命令。同時に服を乱され遙の指先が無遠慮に滑り込む。 「やぁ……っ」 胸の敏感な箇所に直接触れる冷たい指の感触が、全身を一瞬で熱くする。 「……や、だっ……」 必死に身を捩るが、遙の腕はびくともしない。抵抗虚しく、その身体は更に引き寄せられた。 「いい加減受け入れろ。お前も本当は欲しいんだろう?」 囁きと共に、強く吸い付く。白い肌に浮かぶ赤い痕が、遙の独占欲の証のように刻まれる。 「あ……っ、や、やだ……」 掠れる声。涙で視界は滲み、睫毛の先に小さな雫。 「……辛抱堪らない。もう、挿れても良いな?」 「っ、やぁ……っ、あっ……!」 下着とズボンが一緒に、膝辺りまで下げられてしまった。遙の指が秘部に触れ、くちゅりと水音を鳴らした後、腰を押さえて奥まで無理やり自身の熱を押し込んだ。匠の背が大きく反る。 「あ……っ、や、やぁっ……!」 「ふふ……何だか久方ぶりに感じる。ほら、動かすぞ……」 遙の動きは朝の静けさを壊すほど深く鋭い。匠の声が何度も喉の奥で裏返り、呼吸が切れる。 「っ、やっ、あぁっ……!」 「……相変わらずお前は良い声で鳴く。一回で終わると良いな……」 快楽と羞恥が入り混じり、琥珀の目から涙が溢れ止まらない。腰は遙にがっしりと支えられ逃げられない。 「……っ、むり……や、やだ……っ!」 「……善処するとは言った。絶対、とは言っていない」 更に深く、何度も繰り返し貫かれる。朝の日差しの中、二人の熱だけが異様に濃く溶け合う。 「あ……だめ……っ、そこ……やだぁ……!」 最後の方の言葉は、息と共に掠れていった。遙の手が震える頬をそっと撫で、耳元で低く囁く。 「……お前はここが好きだったな。重点的に突いてやろう」 「ひぁっ!……だめ、だめだってば……っ、やぁ……っ!!」 匠は荒い息の中で、再び小さく震える。支えられていなければ崩れそうな体勢で、後ろから激しく突かれる。脚はブルブルと痙攣し、限界が近づいてきた。 「いやぁ……も、もう……んんっ……」 「……もう?早いな、まぁ良いだろう」 銀の前髪をかきあげながら舌舐めずりをした後、両手で匠の腰を掴み律動を加速させた。卑猥な音と甘い嬌声が響き渡る。 「やっ……あ……でるっ……イく、だめぇ……はるかぁ……っ!!」 「イって良いぞ。少々勿体無いが、俺も出す……お前の中に、たっぷりとな……」 絶頂へと導くように、深く早いピストン運動をする遙。そして、繋がる二人の身体は大きく震え、互いに白濁の欲を吐き出した。 「……ふっ……」 遙は一つ、甘い吐息を漏らした。喉の奥でくぐもったその音は何処か官能的。汗でしっとりと湿った匠の首筋を見下ろし、妖艶な笑みを浮かべる。 「……やはり最高だな、お前は……」 低声の囁きは皮膚よりも深いところへ、痺れるように染み込んでいく。遙は名残惜しそうに匠の身体からそっと手を離し、ゆっくりと床に落ちていたネクタイを拾い上げた。 「さて。流石に、そろそろ仕事に行かないとな」 スーツの上着の袖に腕を通しながら、何でもない顔で淡々と告げる。 「はっ……はぁっ……」 匠はテーブルの端に寄り掛かり、大きく荒れる呼吸を整えていた。髪は乱れ、首元には濃い赤い痕が幾つも残っている。 (……ま、まさか、本当に一回で終わった……) 胸の奥で小さく安堵の息が零れる。後ろを振り向いた視線の先に遙の広い背中。ボタンを留め、ネクタイを整えるその後ろ姿は、いつもの冷静なエリートそのもの。 (くそ……何だよバカ……) 安堵しているはずなのに、何故か胸に小さな穴が空いたような感覚。 (……バカなのは、俺か……) 必死に首を横に振り、ずらされた下着を直しながらブツブツと心の中で小さく呟く。 「……行けよ、もう……さっさと行っちまえ……」 「……どうした?」 その声を聞いた遙が振り返り、青灰色の瞳で匠を見つめる。琥珀色の目が揺れる。 「早く仕事行けっつったんだよ!バーカ!!」 顔を真っ赤にしてそっぽを向く匠。遙は小さく口元を緩めた。 「……行ってくる」 短く告げ、玄関へと歩いていく。扉が閉まる音が響くと、部屋は静寂に包まれた。匠は息を吐き、茶色の髪をくしゃっと掴む。 (……何なんだよ、くそっ……) 心の奥に残る小さな熱は冷めず、余熱となって身体を火照らせる。 「……はぁ。全く、何が絶倫だよ……」 静まり返った部屋で、匠は大きく息を吐いた。肩を落とし椅子に崩れ込む。首筋に付けられた痕を指先でそっと触れると、そこからじわりと余韻が広がる。頬がまた赤く染まっていくのを自分でも感じていた。 「っ……」 ふと、視界に入る壁掛け時計。 「はっ!?」 時計の針は無情にも、普段出る時刻を大幅に過ぎた箇所を示していた。慌てて立ち上がり、服を整える。 「くっそ、完全に遅刻だろコレ!」 頭を抱え、部屋を右往左往。リュックを掴み、課題を探し、バタバタと音を立てる。 「……全部アイツのせいだっ……!!」 洗面所で鏡を見るが赤い痕が視界にチラつき、顔が更に赤くなる。その熱を冷ますように冷水で洗顔をした。 (遙のバカアホクソモンス!!) 心で叫びながら歯を磨き、急いで玄関の靴を履く。かかとが潰れていてもお構い無し。乱れた髪を片手でぐしゃぐしゃにしながら思いきり玄関を開ける。ひんやりとした気持ちの良い秋の朝。太陽の光に眩しそうに目を細め、息を整える間もなく鍵を閉めて、駆け出す。 (帰ったら絶対文句言ってやる!バカ!) 胸の奥にじんわりと残る熱と、妙な高揚感を抱えたまま、匠は大学へと走り出した。 「はぁっ……ダメだっ、完全にっ……遅刻だ……っ」 講義棟の階段を駆け上がり、匠は大きく息を吐いた。髪はぐしゃぐしゃ、首には無数の赤い証。自分では見えないその痕が、余計に色気を引き立てている。呼吸を落ち着かせてから講義室へ静かに入る。幸い、教授はまだ居なかった。 「お、何だどうした大丈夫か!?顔真っ赤だぜ?」 友達が驚いた顔で声を掛けてきた。匠は急いで席に着く。 「超、走ったからな……」 「お前さ、最近遅刻多くね?つか、よく見たら何か今日めっちゃ色っぽくね?」 「はぁっ!?」 「いや、なんつーか、顔も赤いし、髪ちょっと濡れてるし……首とか……何か凄ぇ……エロい」 「ちょ、やめろよ気持ち悪ぃ……!」 匠は恥ずかしがって首元を隠し、真っ赤だった頬を更に染める。周りの人も、何故か目を泳がせたり視線を逸らしたりして落ち着かない様子。 (マジで……何かヤバいな……) (朝からナニをしたんですかねぇ……) (えっちコンロ点火!) (やべ……勃起した……) (藤宮くんて……イケメンだと思ってたけど、実は可愛いイケメンだった……?) 各々が心の中で呟いていた。当の本人はそんな事は露知らず、耳まで赤くなっている。無意識に震える指先で首元を押さえる仕草。その一瞬で、周囲の人々の心臓が一斉に跳ねた。 (くそ……バカ遙……お前が朝から盛ったせいで俺はこんな目に……ちくしょう!) 胸の奥で必死に遙へ悪態をつく。視線を向けられるたびに体温は上がっていく。 「ん?匠、お前何か今日めっちゃイカ臭いぞ」 「は、はぁっ!?」 「あ、いや、言い方が悪かった!じゃあ……栗の花の匂い?」 「……もうほっとけよ!!……トイレ行ってくる!!」 立ち上がり、逃げ込む匠を友達が慌てて追い掛ける。周りの視線は釘付けで、講義室の中はざわめいていた。 (……マジで……今日は厄日だ……っ!!あのドSモンスター!帰ったら覚えてろよ!!) 都心を見下ろす静かなオフィス。窓から見える秋空を一瞥し、遙は重たい空気を纏ったまま資料に目を落とす。 (今頃は大学か。無事に行けただろうか……) 手元の書類をめくる指先が、一瞬だけ止まる。自然と脳裏に浮かぶ、今朝の匠の顔。涙で潤んだ琥珀の目、赤く染まった頬、震える唇。 バキッ。 ペンを強く握る指先に力が入り過ぎたのか、折れてしまった。冷静だったはずの思考が、瞬く間に熱を帯びる。 (……周りの奴らは、匠をどういう目で見ている……) 講義中ふざけ合う友人たち、視線を向けるクラスメイト。無邪気に話し掛ける声、近くに寄る無防備な距離感。 (……誰が、匠に気安く話し掛けている……) 遙自らが匠に仕込んだ痕、乱した髪。それを何も気に留めず、晒して歩いている姿を想像するだけで気が狂いそうになる。 (あいつは俺のものだ。誰の視界にも入れたくはない。俺以外の声を耳に入れるな。誰とも会話するな) カタン、とデスクに置いた壊れたペンが音を立てる。周囲の社員が一斉に顔を上げるが、遙は何も言わずに書類を睨みつけたまま。 (……今朝は、全部……俺がした事だと頭では分かっている。理解しているつもりだが……) 胸に、じっとりと溜まる黒く醜い感情。理性が微かに警鐘を鳴らしても、それを抑える事は、もう出来そうにない。 (……しかし、今朝のあの様子……物足りなさそうな表情をしていたな……。帰ったら、また沢山可愛がってやらないとな……) 低く息を吐き、ゆっくりと背もたれに身体を預ける。青灰の瞳の奥には理知の色は無く、猛るような独占欲が蠢いていた。 (……あいつは俺だけを見ていれば良いんだ。誰も触れられず、誰も話し掛けられない。そんな環境に置いておけたらな……) そう願った後、思考を業務に切り替えた。遙の口角は歪んだまま、カリカリと新しいペン先が紙の上を滑る。その音だけが、静かなオフィスに不気味に響いていた。 全講義が終わり、外はすっかり日が暮れていた。匠はリュックを背負い、人の流れに混じって歩いていた。 (……あー、今日はマジで最悪だったな。次から朝ヤった後はちゃんと風呂入ってから出よ……) 溜め息をつきながら階段を降りていると、ポケットの中でスマホが振動した。画面を見ると、そこにはたった一行のメッセージ。 【今日は急に接待が入った。先に寝ていろ】 思わずその場でピタリと足を止める。人混みが流れていく中、匠だけが固まった。 (接待?って事は、帰りが遅い?) 胸の奥で、何かが軽く弾ける。 (今朝の事、文句言いたかったけど、まぁいいや!久しぶりの自由だ!) 肩の力が抜け、顔が緩む。 「よっしゃ……」 小さな声が漏れる。表情明るく、琥珀の目はキラキラと輝き出す。 (帰りにスイーツ買って、ゲームやって、それから……) 頭の中では様々な計画が一気に浮かぶ。無意識に足取りが軽くなり、スキップしてしまうほど。一時ではあるが、小さな解放感に包まれて足早に大学を出る。頬を撫でる夕風が、まるで祝福するかのよう。 一人で幸福感をふわふわと膨らませながら、ケーキ屋へと向かっていた。 (今日はゲーム日和だな!あ、レポート課題あったわ……めんどくせぇ……) さっきまでのテンションがしぼみ、落胆の溜め息を漏らした、その時。 「……こんにちは」 「っ……!?」 何処からか、するりと滑るように現れた影。長い紫色の前髪に冷たい視線、上品な仕立てのグレーのスーツを着た男が目の前に立っていた。その声を聞いて、一瞬で先日玄関先に来た人物だと確信した。 「あ、アンタ……この前の人……?」 表情が一瞬で凍り、足が止まる。握っていたリュックの肩紐がギュッと歪む。 「あれ?覚えててくれたんだ、光栄だよ。遙に弄ばれてる君に、僕の存在があったとはね」 男性にしては少し高めの声が、秋の空気を冷たく裂いた。 「は?な、何だよお前……喧嘩売りにきたのか?暇なんだな、俺みてぇなガキ相手によ」 喉が詰まりそうになるが匠は黙っていられず、売り言葉に買い言葉で返した。昨日の夜に芽生えた敵意が燻る。朔の灰色の瞳が真っ直ぐに、匠の琥珀色の目を射抜く。 「まさか。僕はそういう野蛮な事はしない主義だよ。いや、改めて挨拶と……君とちゃんと話したいな、と思ってね」 「……何だそれ……」 何を考えているのか分からず、小さな恐怖と同時に息を飲み込み後ずさる匠。だが朔は一歩、また一歩と距離を詰める。 「お茶でも一緒にどうかな?いいお店を知ってるんだ。そこで、お話しようよ」 「……いや、いい、遠慮しとく」 「大学生でも気軽に入れるところだよ?まぁもっとも、お金は僕が払うけどね」 冷たく笑うその顔は美しく整っているのに、何処か底無しの暗さが漂う。 「お前なんかと、行くワケねぇだろ……」 「ふぅん?……面白い事を言うね」 朔の指先が匠の頬にそっと触れた。その冷えた感触に、ぞわりとする肌。 「……僕はね、君が遙にどう壊されていくのか……とても興味があるんだ」 「ふ、ふざけんな……っ!お前、頭おかしいんじゃねぇの!?」 「ふふっ。勿論、僕からも直接手を下して、君を壊すつもりだよ」 「う、うるせぇ!!何言ってるか分かんねぇよ!!」 思わず声を張り上げる匠。その目には微かな怯えと、そして確かな怒りが滲む。朔は小さく目を細めるとパッと手を離し、少しだけ口元を緩めた。 「今日はフラれちゃったから帰るよ。今度は付き合ってね。じゃ……また会おうね、匠くん」 囁くようにそう言い残すと、朔は夕闇に溶けるように背を向け、静かに歩き去っていく。 「っ……」 震える肩を押さえ、歯を食いしばる。 (……アイツ……何で俺の名前……) 胸の奥で小さな恐怖と、更に強い敵意の火が密かに燃え上がろうとしていた。

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