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沈溺(ちんでき)

※性描写を含みます。苦手な方はご注意ください。 ────── 玄関の扉の閉まる音が、やけに重く響いた。 「っ、うぁ……」 室内に入ると遙はゆっくりと匠を降ろす。自力で立てるはずもなく、匠は壁に手をつき肩で息をする。 (……もうやだ……) 喉がキュッと詰まり、浅い呼吸を繰り返す。まだ身体の奥は熱く疼いて脚の震えが止まらない。遙がスーツのジャケットを静かに脱ぎ、ネクタイを緩める。その仕草はあまりに自然で至って普通のはずなのに、匠には今から自分が抱かれる前触れのようにしか映らなかった。 「……匠」 「……な、何だよ……」 声は掠れ、視線を合わせようとはせず俯く。遙は、そんな匠に歩み寄り、そっと頬に触れると顔を覗き込む。 「さっきよりも更に赤くなっているな……」 「やっ、やだ……触んな……」 肩を竦め抵抗するが威勢が良いのは言葉だけ。指先で首筋をなぞられただけで背中をビクリと震わす。 「……本当に嫌なのか?」 「っ……」 唇までも震えさせ、しかし小さく首を横に振る。本当は嫌じゃない、拒めない、また期待してしまっている。 (……俺、もう……変だ……) 心の奥ではちょっぴり怖い。それでも、抱かれる瞬間を待つ自分が居るのだ。手の甲で口元を覆い、必死に恥ずかしさを堪える。遙はその様子をじっと見つめ、優しい笑みを浮かべた。 「……大丈夫だ」 「……っ、な、にが……?」 「もう、俺とお前二人しか居ない」 「うっ……」 その音は、まるで甘い毒。拒む力を根こそぎ奪い、神経を麻痺させる。 「……可愛い」 震える肩を遙の腕が後方から強く包む。その腕から逃げる事は、もはや出来ない。 「……ところで」 匠の耳元で低く、吐息が混ざった声。 「一人で何をしていた……?」 「えっ……」 肩がピクリと跳ねる。喉の奥で小さな音が漏れ、視線が泳ぐ。 「……っ、い、いや……」 遙の指先が顎に触れ、無理やり視線を絡める。 「……どうした」 「ぁっ……」 声が喉奥で引っ掛かる。答えたくない、言えない。羞恥に身の縮む思いの匠。 「な、何も……」 必死に言葉を捻り出そうとするが、喉からは掠れた声しか出ない。青灰色の瞳が静かに細められた。 「……自分で、慰めていたんだろう?」 「っ……!!」 一瞬で顔に血が上り、息が止まる。 「昨夜セックスしなかったのがそんなに寂しかったのか? お前の身体を気遣ったつもりだったんだがな……」 低くて甘く、そして優しい声色。 「我慢出来ずに自分で触って、乱れて……。俺が来た時には、もう……」 「や、やめろよ……っ!」 全力で頭を振る匠。だが、遙の指が頬を優しく撫でるたびに、その抵抗は簡単に砕けていく。 「……厭らしいな、全く」 「っ、や、違う……っ……」 涙が頬を伝い、視界はぼやける。遙は微笑み、震える匠の唇にそっと人差し指を添えた。 「……答えなくて良い」 「うっ……」 「……その代わり」 再度耳元で低音の囁きを落とす。 「今、俺の目の前で実演して貰う……」 「なっ……!?」 言葉にならない声が喉奥で詰まった。青灰の瞳には静かに、激しく燃える欲望の炎が灯っている。もう逃げられないと悟った瞬間、匠の身体から全ての力が抜けた。遙が顎を持ち上げ、琥珀の目を見つめ捕らえる。 「……良いな?」 「や、やだ……っ」 「駄目だ。お前が一人で、どういう方法で快楽を貪るのか興味がある。ここでもう一度、俺に見せてみろ」 「やっ……!」 恐怖と羞恥が走り、匠の顔が更に赤くなる。 「む、無理……っ、出来るワケ……っ……!」 「出来ない訳が無いだろう、さっき出来たんだからな……」 遙は柔らかく笑って見せるが、その瞳は冷たく光っている。匠の手を引っ張り、白いソファに座らせて自分はその目の前で胡座をかいて座った。 「……さぁ、早くやれ」 「……っ、やだ……」 匠の胸が上下し、荒い呼吸が続く。目から大粒の涙が零れ落ちる。 「いや……っ」 震える声で懸命に拒む匠の髪を、遙の手がそっと梳く。 「どれだけ拒んでも無駄だ」 「ひぅっ……」 指先が微かに動き、脚がガクガクと揺れる。 「羞恥心を捨てろ。……大丈夫だ、俺しか見ていない」 「いやぁ……っ……」 命令のような言葉の一つ一つが、匠の理性を丁寧に削ぎ落とす。 「っ……は……ぅっ……」 やっと腹を括ったのか匠は下だけを脱ぎ、震える手を自分の太腿へと滑らせた。触れるだけで全身がビクンと跳ねる。 「ふふ……良い子だ」 静かに笑みを深める遙。 「脚を開いて良く見せろ」 「いや……やだ……見んな……」 それでも、何故か指は止まらない。ゆっくりと自分の蕩けた秘部へ指先を這わせた。 「っ、あ……っ」 喉から勝手に漏れる甘い声。恥ずかしさで頭が真っ白になり、視界がぐにゃりと歪む。 「……声を殺すな。聞かせろ」 「あ、ぁ……っ……!」 ぬるぬると指が出たり入ったりするたびに腰が小さく浮く。何度も何度も繰り返す動きに全身が痙攣する。 「……そうだ。その調子だ」 「いやっ、あ、あぁっ……っ!」 濡れた音が静かな部屋に響く。羞恥に潰されそうになりながらも身体は快楽に抗えず、指を動かし続ける。 「自分の手で善がる、その淫らな姿を……もっと俺に見せろ」 「……っ、や、あ……ぁっ……!」 遙は射抜くように恥部を見つめ、口元を僅かに歪める。 「……やはりお前は可愛いな。最高だ……」 匠の目には羞恥と快楽の色が混ざり、絶え間なく涙が生成される。 (……もう、ダメ……) 心の中で、何かが音を立てて崩れた。 「……イっ、あ、あぁ……っ!」 カウパー液塗れの自身に触れる事なく甘い絶頂の声が喉奥から溢れ、白濁の液体が迸り、秘部がヒクヒクと収縮する。それを見ていた青灰の瞳は愉悦に満ちており、そんな遙を前に匠は完全に溶け落ちた。 「相変わらず早いな。しかし、良くやった……」 遙の低声が、意識が霞んだ匠の耳奥に届く。 「っ……」 「可愛過ぎる……もう辛抱堪らない……」 頬を撫でる指先は優しいのに、瞳に宿る欲は暴走寸前。いつもの激しい行為を予感させる。 「しかし、録画しておけば良かったな。実に惜しい事をした……」 「……っ、や……やめ……ろっ……」 「……俺しか見ない、安心しろ」 ゆっくりと遙の指が匠の顎を持ち上げ、唇が重なる。 「……ん……っ」 深い口付け。舌が唾液と絡み合い、呼吸が奪われる。 「まだ、足りないだろう?」 「もう……や……っ……」 「……ほら、もっと声を聞かせろ」 そのまま匠をソファの上に押し倒すと、脚を広げるように大腿に手を添えた。 「あ……っ」 「もう充分に濡れているな。……挿れるぞ」 遙の昂った熱が匠の奥にすんなりと沈む。深く侵入すると匠の背中が弓なりに反り、喉奥から切れた声が漏れる。 「あ、あぁっ……っ!」 「ふふ……これはまた随分と具合が良いな」 遙の腰が強く打ちつけられる。その衝撃に、匠の身体は何度も揺れ動く。 「っ、や、やだぁっ……!」 「……なら、何故こんなに俺を締め付けている」 口角を上げ、腰の動きを更に加速させた。匠の目尻にどんどん涙が溜まっていく。 「あ、あっ、いや……っ……!」 「……もっと鳴け。俺に全部、聞かせろ……」 「っ、ああっ……やあっ……!」 奥に強い衝撃を受けるたび脳が快楽の色に染められていく。涙と汗で濡れた頬を、遙の指がそっとなぞる。 「……最高に可愛いな」 低い声と共に、首筋に噛み付いた。 「ひっ……あ、あぁあっ……!」 逃げ場の無い支配的な行為で、匠を奥底から侵食していく。 「お前は……誰のものだ?」 「……あ、あ……っ……」 「……言え」 「ぁっ、んあ……っ」 「匠……」 耳元で名前を呼ばれた瞬間、匠の秘部が遙自身を強く締め付ける。 「……は、るか……っ」 「聞こえないな」 「……っ、おれは……はるかの、もの……っ……!」 その答えを聞いた遙は嬉しそうに、満足げに笑った。熱は更に深く沈み、動きも増す。 「……正解だ」 「あっ、あああっ……っ!」 絶え間なく続く律動。限界を超え、半ば強制的に与えられる刺激と絶頂。匠は再び声を裏返し、やがて二人は全身を震わせて射精した。 「……っ、は……ぁ……っ……」 ぐったりとソファに沈み、胸を激しく上下させる匠。乱れた髪は汗で額や首元に張り付き、睫毛にはまだ涙の雫が残っている。 「可愛いな。お前のあまりの可愛さに語彙力が無くなってしまった」 遙が息を吐き、緩く笑いながらそのまま匠の頭を優しく撫でる。 「さ、わ……んなっ……」 「……そう言われると逆に触りたくなる」 遙の手は匠の腰に滑り、温めるようにそっと支える。手のひらの熱が伝わり、胸の奥がじわりと熱くなった。 「っ……ばか……」 まともに話す余裕も無く微かな文句を呟く。奥深くに刻まれた熱と快楽の残響が、まだ身体の芯に残っているような気がしてならない。まるで麻薬だ……と匠は思った。震える指先で無意識に白いワイシャツを掴む。それを見た遙が小さく喉奥で笑う。 「……とりあえず、今はこれで終わりにしてやる」 「えっ……あ、そう……」 弱々しく首を振ろうとしたが動かなかったので、代わりに震えた声で返事をした。遙は茶色の髪を指で梳き、そっと額に口付けた。 「……御馳走様」 「っ……うるせぇ……」 掠れ切った声と素直じゃない台詞。それでも、琥珀の目の奥に安堵の光が浮かんでいた。静かな部屋に二人の浅い呼吸音が重なる。激しさの後に訪れる、甘く息苦しい静寂。それは苦しくも何処か心地よく、互いに溶け合うような深い余韻だった。 キッチンから漂う優しい匂いが部屋中に広がっていた。 「……出来たぞ」 黒いエプロンを脱ぎ捨て、遙が振り返る。その表情は酷く穏やか。 「ん……」 声を掛けられた匠は、モルモットと車が一体化したキャラの絵が描かれたブランケットに包まりながらダイニングチェアに座った。身体の節々にはまだ熱が残っているのか、時折小さく肩を揺らす。そして、手際良く並べられた料理を見て、匠は驚愕の声を上げる。 「……は?」 テーブルに置かれたのは、何と湯気の立つ卵粥のみ。小ネギが散らされている。 「……な、何で、お粥……?」 弱々しい声で匠が呟くと、遙は白い蓮華を持ったまま席に着く。 「何故って……体調不良だったんだろう?」 にこり、と柔らかい笑顔。悪気があるのか無いのか全く分からない。 「っ……くそ……」 目を伏せ、小さな不満を零した。 「もう……平気なんだけど……」 「駄目だ」 即答。その声には一切の揺らぎが無い。 「今日は大人しく消化に良い物を食べろ。……もしや、うどんの方が良かったか?」 「はぁ? いや、そういう問題じゃねぇし……」 大袈裟な溜め息をつき、遙から手渡された蓮華を受け取ると目の前の卵粥を一口分掬い、冷ます。ふっと笑いながら、遙も同じものを口にする。 「……猫舌な所も可愛いな」 「っ、いちいちうるせぇな……っ」 「……何なら、俺が冷まして食わせてやるが?」 「いらねぇよ……もうほっとけ」 甘やかしのような声に照れつつ、掬い上げたお粥が冷めたのを唇に当てて確認すると口に運んだ。じわっと優しい卵と米の甘さが広がっていく。 (え、何だコレうま……。例えるなら、これがおふくろの味……って奴?) 口の中に広がる温かさと甘さが胸に沁みた。 (母さんに作って貰った事なんて無かったから知らねぇけど、とにかく美味いな……) ちびちびとお粥を食べる匠。その様子を、遙が満足そうに見つめていた。 「……美味いか?」 「……美味いよ、普通に」 「ふふ……そうか」 穏やかな笑顔と、つい先程までの欲望に染まった顔。その二つの顔を持つ遙の存在が、匠の頭を混乱させる。 (……この性欲マシマシモンスターめ……) そう思いながらも、もう逃げる気など、これっぽっちも無い事を匠自身が一番良く分かっていた。 「……ごちそうさまでした」 「お粗末様でした」 手を合わせ、小さな声で告げた匠は食器を片付けようと立ち上がる。しかし、その背後に遙の気配が近づく。 「……匠」 「……な、何?」 「お前……本当にもう大丈夫なのか?」 「っ、大丈夫だよ。元々、ガチで体調悪くて医務室行ったワケじゃねぇもん……」 匠の足がぴたりと止まった。食器を持つ手が些か震え出す。遙は特に気にせず後ろから腕を回し、抱き締める。 「ほう……つまり正当な理由も無く怠けて欠席したという事か。……悪い子だな」 「うっ……そ、そうだけど、そうじゃねぇ……」 「ふふ……どっちなんだ?」 低声が耳元に絡みつき、甘い吐息が首筋をくすぐる。 「っ……あ、いや……」 「もう我慢しなくて良い……」 匠の手から食器がずり落ちそうになったのですぐに遙がその手を掴み、テーブルへ置かせた。 「あっ……遙、ちょっと……」 「お前が欲求不満なのが分かった以上、俺も頑張らないといけないと思ってな……」 遙の指先が布越しに匠の乳首をなぞる。困惑と羞恥に駆られ、脚が思わず竦む。 「……っ、や……!」 「……嫌? お前は二言目には嫌、止めろ、と否定ばかりだな……」 甘く囁く声と同時に首筋へと唇を落とし、そこから味わうように舐め、吸い上げる。 「あ、あぁ……っ」 「……良い声だ……」 匠の身体が脱力し崩れそうになるのを、がっちりと支える遙。 「……ベッドに行くか」 「やっ、や、だっ……!」 「ソファが良いのか……?」 「っ……!!」 遙の手が匠の脚の間に滑り込む。その瞬間、喉から甘い悲鳴が溢れた。 「ひっ、あ……っ!」 「……今日、俺は何回お前に可愛いと言うんだろうか。まぁ、言い足りないくらいなんだが」 耐えきれず遙の腕の中で崩れる。そんな匠を軽々と抱き上げ、歩き出す。視界が一瞬揺れ、気づけばもう寝室の扉が目前。 「……足腰が立たなくなるまで抱いてやる」 「やっ……む、むりぃ……」 「では、意識がなくなるまで……か?」 「酷くなってんじゃん……ばかぁ……っ」 「もう遠慮しない。欲求不満を解消してやる、死ぬ程な……」 ベッドにそっと降ろされ、すぐに遙が覆い被さる。 (もうやだ……また……俺っ……抱き殺される……っ) けれど、もう抗う術は無い。抗う気も起きない。本心では喜んでいる。そう思った次の瞬間、熱い唇が重なり、再び深い闇へ引き摺り込まれていくのであった。

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