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また黙ってしまうと、キミのその、達観したところ好きだよと言われてしまう。今まで言われたことのない言葉に、頬に紅がさす。 「お前…またそうやってからかって」 声をかけられびくりと肩を揺らす。そういえばここはバーでマスターもいるのだった。それより、からかってって…? 顔を上げればマスターは晶の方を向いて何か酒を出している。いつの間に注文したのだろう。 「からかってねぇし。本気でそう思ってるし」 「そう言って何人落としてきた?いい加減刺されるぞ」 「えぇ~ヒロちゃんひどい!」 ヒロちゃんと呼ばれた彼は俺の方を向き直ると、何飲みたい?と聞いてくれた。俺は勝手がわからないため、なにか甘いお酒ありますか?と答えた。 「甘いのね。おっけ。…ところで君さ、こいつと付き合おうとか思ってる?」 「えっ、い、いえ…」 付き合うどころか友達にすらなれそうにないですけど。 「ならいいけど。こいつ、女たらしならぬベータたらしってやつでさ。付き合っても苦労するのがオチだよ。俺が付き合った時も大変だった」 ベータたらしらしい晶と付き合ったことがある…ということは、この人もベータなのだろうか。見た目がどちらかと言えばΩ寄りに見えることに驚いていると、マスターは俺の思っていることが分かったのか失笑した。 「君が今思っていること、よくわかるよ。この容姿のせいでΩに間違われることが多くてね、結構苦労したんだよ」 シェイカーを片手に振る彼の顔からは本当に苦労したのだろう疲れが見て取れ、まるでここが異世界のように感じた。 アルファということでベータに突っかかられΩにすり寄られそれに飽き飽きしている晶と、ベータなのにΩと間違われて苦労してきたマスターと。俺は…自分の悩みがちっぽけなような気がした。 Ω男性なら後ろが濡れるということで需要があるものの、ベータ男性はただの男性であるため必要とされないことが多い。ゲイのベータ男性だってどうせならΩ男性としたいと思うことの方が多いと聞く。そんな中で同じ性癖の人間を見つけるというのはとても困難なことだった。 しかし二人の会話を聞いていると、自分の悩みなんて宇宙の中にぽつりと浮かぶ地球のようである。自分しか人間を住まわせてる惑星じゃないか…なんて、一人で、小さな悩みを抱えているところがそっくりだ。 お酒は晶にあげて支払いをしてさっさと帰ろう。そう決意して立ち上がると、晶に手を掴まれた。 「ちょ、どこ行くの」 「帰ります。ありがとうございました」 「え待って待って」 カバンから財布を取りだし1000円札を置く。それから手を振り払おうとして…力の差があることに気づいた。自分だって男なのにこんなところでアルファとの差に気づかされるなんて。 少しみじめに思いながら離してくださいと言う。 しかし晶は諦めず、自分も立ち上がって俺の行く手を阻む。 「俺なんかした?謝るからさ…行かないでよ」 「もしかして俺、余計なこと言っちゃった?ごめんね…えっと、こいつ悪い奴じゃないからさ。付き合うとかそういうのがないなら普通に良い奴だと、思うよ」 「そこは思う、で確信してよヒロちゃん」 「いえ、ほんと…大丈夫ですから」 「じゃあ、これ!」 晶は俺から手を離すと慌ててカバンからペンを取り出し、酒の下に置かれた紙のコースターにさらさらと何かを書いて俺に渡してきた。 「連絡先!なんかあったらかけてきて!」 十一桁の数字が書かれた紙を、晶は俺の手に握りしめさせる。…なんでそんなに俺に執着するんだろう。そう思いながら俺はマスターにお辞儀をして店を出た。

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