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そしてあの一件から一か月ほど経った頃だろうか。晶が真面目な顔で俺の名前を呼んだ。いつになく堅苦しい雰囲気の彼に、なぜかこの間の男の子のことだとすぐに察した俺はソファーに座る晶の隣に静々と座った。晶は俺の左手をそっと握り自分の膝に乗せた。これは、なにか思い悩んでいるときの晶の癖だった。
晶は真剣な表情で口を開く。
「一か月前、不動産屋に行った帰りにさ、横断歩道に男の子がいたの覚えている?」
「あぁ、うん。髪色が薄い子…」
「そう、その子」
「その子が、どうしたの?」
心臓がバクバクしている。自分で聞いておいてそれ以上話を聞きたくない、と思った。
「…悠はさ、運命の番って知ってる?」
俺の問いに答えず、晶が言う。
―運命の番
聞いたことはある。アルファとオメガが魂レベルまで惹かれ合うという番の関係性のことだ。二人はすべての障害など諸共せずかならず好きになり合う、と。俺はベータだからわからないけど、アルファとオメガにはそれぞれ匂いがあるらしく、フェロモンというそれを嗅ぎつけるらしい。
男の話、運命の番の話。もうすでに俺の中で結論は出てしまっていた。
晶とあの男は、運命の番なのだ。俺は、出会うわけないと心のどこかで思っていた。だって運命の番は人口爆発しつつある世界の中で何千、何万、何億分の一という中で出会うか出会わないかという確率なのだ。日本人同士である可能性だってかなり低い。むしろ日本人なんて世界の人口に比べればとても少ないのだ。それがまさか、こんな近くにいたなんて。
俺は心臓が痛いほど跳ね上がるのを感じた。どうにか知っていると頷いたが、俺の顔色が悪いことに気づいた晶が俺の手を先ほどより強く握ってくれる。
「うんめいのつがい、って」
「うん。アルファとオメガだけにある関係性のことだ。まさか俺も、見つかるなんて思いもしなかった」
見つける、と言わないのは晶の優しさだと思った。晶はあくまで探しておらず、むこうが見つけた、そのような言い方。もし見つけたという言葉を使われていたら、まるで探していたように感じて俺はすぐさま声を荒げていただろう。
俺ははぁ、ふぅ、とどうにか呼吸を整えて晶に話の続きを促した。しかし次に晶は発した言葉のせいでせっかく落ち着いた俺の心はまた荒ぶることになる。
「俺、彼と会ってみようと思う」
「な、なんで…」
なんで、そんなことするの。運命の番なんでしょ、会ったら惹か合って離れられなくなるんじゃないの。俺のことはどうするの。俺と付き合っているんじゃないの。もう俺との関係を終わらせるつもりなの。いろんな言葉が俺の頭の中でひしめき合う。
気づけば震えていた体を、晶が抱きしめてくれた。いつもの抱擁に俺は若干安心したが、納得することはできず再度なんでと呟いた。
「大丈夫、会うだけだ。俺には悠がいる。だから諦めて欲しいって言うつもりだ」
「別に会わなくていいじゃん。こっちがなにもしなければあっちだってなにも」
「感じるんだ」
俺の言葉が遮られる。
「横断歩道、あの場所で…未だに彼が俺に会えないかと待ち続けているのが、わかるんだ」
晶が俺の体をゆっくり離す。晶の顔は苦痛に満ちていた。
それは、俺にはわからない感覚だった。きっとアルファだとかオメガだとか、そういう話じゃない。運命の番だからこそ、あの男が晶にまた会えないかと待っているのがわかるのだろう。俺は何も言えず、押し黙る。
所詮俺はベータだ。決めるのは、アルファである晶だ。
俺は、ただわかった、というほかなかった。
「でも、会うなら俺も会う」
「悠…」
「俺は晶の恋人だから…会う権利はあると思う」
無理を言っているのは百も承知だった。でも、二人が会っている間自分は家で大人しく待つ、なんてできそうにない。もしかしたら惹かれ合った二人は俺を置いて逃亡してしまうかもしれない…きっとそんあ不安に駆られて家の中のものをめちゃくちゃにしてしまう。だから俺は無理を言って会いたいと言った。
晶は俺に会ってほしくない様子だったけど、それが余計に俺の言動に拍車をかけた。
晶は悩んだそぶりをした後、わかった、と言ってくれた。
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