23 / 30
3-3
バーは開いている頃だ。
「じゃあ行こうか」
「うん」
手を繋ぎながらヒロのいるバーに向かう。道中飾りつけされた並木道を通った。もうクリスマスだ、今年も二人でいれるのが嬉しいな、なんて話をする。悠と出会ったのは冬に差し掛かる手前で、付き合ったのは年が明けてから少しだから付き合ってからもう二年が経とうとしていた。来年には二人とも大学を卒業する。誰だからその前に身を固めておきたかった。結婚という楔(くさび)悠を縛り付ける。俺は悠を誰にも渡したくないんだ。
このまま二人でずっといられると、俺は思っている。
バーに着いてドアを開ければ、まだ開店したばかりだからか誰もいない店内が見えた。シックなその雰囲気に懐かしさを感じ、すぐにマスターであるヒロに声をかける。
ヒロとの出会いはこのバーだった。ゲイの友達に誘われここに連れて来られ、俺はすぐにヒロと関係を持った。高校を卒業したてだった俺は両親からの重圧に耐え切れず他県の大学に進学しており、ヒロという今まで身近にいなかった大人な彼に惚れ、入れ込んだ。でもヒロは昔に付き合った元カレが忘れられないらしく、俺たちの関係はわずか半年という短い期間で終わることになる。その間何も言われないからと俺はいろんなベータと関係を持ち、最終的にはヒロにベータたらしと言われるまでになった。そこは今でも悪いと思っているし、いじられても強く言い出せない点だ。
「お、晶に悠太くんじゃん。久しぶり、来てくれたんだ」
「久しぶりですヒロさん!来ました!」
悠はヒロにとても懐いていて、俺が大学の友達と遊んでるときにたまに会って遊んでいるらしかった。それには少し妬いてしまうが、ヒロになら悠を預けてもいいという信頼の元それは成り立っている。それに二人ともネコだ、どうなるということはないだろう。
「悠太くん、ちょっとふっくらしたんじゃない?もしかして幸せ太りー?」
「えっ、そうですか?…痩せなきゃ」
「いいよいいよそのままで。悠太くんはそれくらいがかわいいと思うから」
「ちょっと、ヒロ。俺の恋人口説かないでくれる?」
背の高いカウンターチェアに座ろうとする悠を手助けし、自分もひょいと座った。悠はオメガほどではないがベータ男性にしては身長が低めだ。そこもかわいいところなんだけど。
俺の苦言にヒロは笑って、でも感慨深そうな顔をした。
「もう二人が付き合って二年かぁ…来年には婚姻届け出すんだっけ」
「そう。悠の方が卒業式二日遅いからその後になるけど、来年には夫夫だね」
「そっかぁ…なんだか月日が経つのって早いねぇ」
しみじみしながら言うその姿が妙におもしろくて俺はつい吹き出してしまう。それに対してヒロがおいこら晶!と文句を言われてしまった。
それから三人でいろいろと話した。最近あったこととか、今日住むところを決めたこととか。ヒロはバーの店主をやっていることもあって聞き上手ですぐにいろんなことを話してしまう。もちろん、雪のことも。
運命の番に会った、でも俺には悠がいるから断った。その話題になると悠は何か思うところがあるのかあまり喋らなくなり、俺とヒロの独壇場になる。
「まぁ、それからアクションないんでしょ?じゃあ気にしないことだね。向こうもまさか寝取ろうなんて考えてないだろうし」
「そう、だな…」
ここで俺が雪と連絡を取り合っていることを伝えたらヒロはどういう対応をするのだろう。やっぱり今すぐ消せ、と言うのだろうか。それも可哀想な話だと思う。ただ雪は俺に話を聞いてもらいたいだけなのだから。もしかしたらすぐ雪に恋人ができて俺はのろけをずっと聞かされる羽目になるかもしれないが、その時まで見守ってやりたいと考えていた。
雪の話もほどほどに、合計で一時間ほど喋った頃だろうか。悠がふと、ヒロにありがとうと礼を言った。
「え、どしたの急に」
「ヒロさんが来て欲しいって言ってくれなかったらこうして楽しくおしゃべりできなかったからありがたいなーって思ったんです」
「うん?俺そんなこと言ってな―」
「あ、ああそれは…」
慌てて話に割って入ろうとした瞬間、カランカランとドアベルが鳴り人が一人入ってきた。振り向けば俺より背の高い男がいて、匂いですぐにアルファだとわかった。ベータにはわからないらしいが、俺たちアルファとオメガには特有の匂いがあり、近くにいると匂いでわかるのだ。それを悠は不思議だと言っていたことを思い出す。
相手も俺がアルファだとわかったのか、ちらりと俺を見て軽く会釈してきた。そのまま視線を悠に移すと少し目を見開いた。しかし彼は何も言わず、俺たちから少し離れたカウンター席に座った。
「匠、久しぶり」
ヒロは人が来たことで俺に手を顔の真ん中まで上げ謝罪を表し、親し気に男の名を呼んだ。
「久しぶり、比呂」
「もう半年近く来てなかったんじゃないか」
楽し気に話す二人。悠とヒロの会話が途切れたことに安堵し俺は心の中でほっと息をついた。
「悠どうする?帰る?」
「あ、そうだね…もう結構飲んだし話もしたし帰ろうかな」
携帯で時刻を確認し悠が言った。俺も頷き返し荷物をまとめようとしていると、ヒロが戻ってきて俺たちの前に酒を一杯ずつ置いた。え、なにこれ?と聞けばお隣さんから、と彼は答える。どういうことだと隣を見れば酒を片手に男が申し訳なさそうな顔をしていた。
「話を中断させてしまってすまない。一杯俺から奢らせてくれ」
「そんな…悪いですよ」
「奢らせてあげて。言い出したら聞かないから」
くすくすとヒロが笑いながら言う。悠も渋っていたが、ヒロにそう言われて最終的に飲む決断をしたようだ。二人でもう一度席に戻り、グラスを手に取る。なんとなくコン、と乾杯をしあってから飲むと喉が焼ける感じがしたと同時にさっぱりとした味わいが口の中に広がった。きついのに、うまい。きっと上等な酒なのだろう。こんなのを奢ってもらうなんて、と更に申し訳なくなる。そして男への印象がかなり良いものになった。
男の席に向かって二人でごちそうさまでした!とお辞儀をする。男は笑って、また来てやってくれと言った。
本当に二人は仲がいいようだった。
ともだちにシェアしよう!

