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「最後のお酒美味しかったね」
家に帰ってから悠がその瞬間を思い出したのかそう言った。
「たしかに美味しかったな。酒の種類聞こうと思ったけど絶対手出せないからやめたんだ」
「あ、俺も。ちょっときつかったけどすごいすっきりした味わいで癖になるなーって思ったけど、高そうだからやめたー」
二人で似たような感想を持っていたんだなって思うと少しおかしく感じて笑う。なんだか悠のことがさらに愛おしく感じて、俺が巻いてやったマフラーを解く悠を抱きしめようとした時だ。
ぽこん、と携帯の通知音が鳴った。今日はすでに一回連絡してきているため雪ではないだろう、と携帯を開く。彼は一日一回しか連絡してこないという自信のポリシーを守っている。しかし予想を裏切って通知は雪からのものだった。
内容を見て、脱いだ靴を慌てて履き直す。
「ごめん悠!友達がトラブルに巻き込まれたみたいでちょっと行ってくる!」
「えっ!わ、わかった!気を付けて行ってきてね!」
玄関を出て、雪と出会った横断歩道を走って渡り、民家の裏路地に入る。きょろきょろと辺りを見渡してくまなく探せば、端の方に雪が蹲っているのが見えた。
「雪!」
声をかければ、ぱっと雪が顔を上げた。近づいて見てみれば、顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。どうしたのかと聞く前に雪が飛びついてきた。咄嗟に抱き留めれば、ひっく、ひっくと嗚咽を上がる。
―たすけて
それが、雪から来たメッセージの内容だった。
この間雪と入ったファミレスに入る。案内をしようとしてくれた店員は雪の顔にぎょっとすると、何かを察したのか奥の方に席に通してくれた。前回同様ドリンクバーを二つ頼み、雪にどうしたんだと尋ねた。雪は店員が水と共に持ってきたウェットティッシュで顔を拭い、気分を落ち着かせようとしているようだった。
「来させてしまって、すみません」
「いいよ、大丈夫。それより、助けてって…」
「…」
雪は口を言葉に詰まったように何度か開閉させ、ぎゅっと目を瞑ると話し始めた。
「僕、家族全員アルファで…僕一人だけオメガなんです。だからその、衝突とかが多くて…、今日は特にそれは酷くて、あんたなんか産まなきゃよかったって言われちゃって」
「なんだよ、それ」
そんな酷い話、聞いたことない。しかし実際よくある話なのかもしれないとも思った。近年になってアルファもベータもオメガも平等に扱おうという風潮が流れているものの、一昔前まではオメガは蔑むものだという扱いだったのだ。突如として発情を繰り返し、第一次性を無視して男でも妊娠できる体、昔は悪魔のなり替わりなどと呼ばれてたこともあるそうだ。そのような時代は特にアルファと優劣をつけることが多く、雪の過程はそれが顕著なのだろう。もしくは昔から繫栄する家庭にはアルファがつきものだったため、そのせいでオメガを侮る家庭なのか。どちらにしても良い状況ではないのは確かだった。
「こんな話、友達にできなくて…それでなくてもオメガってことで浮いてるのに」
「友達、いないのか」
「みんな上辺だけです」
ぽろりとまた雪の目尻から塩水があふれ出す。それ以上泣くと体中から水がなくなって萎れてしまうんじゃないかと思ってしまい、咄嗟にティッシュで涙を拭いて止めた。
「大丈夫、俺が聞いてやるから。だからもう泣くな」
「でも、悠太さんが」
「悠太も、こういう状況ならわかってくれるはずだ」
きっと、おそらく。
そんな不確定な要素しかないのに俺は悠に理解を示すように強いろうとしていた。それは法を犯した罪人が言い訳するのと一緒だというのに。
「ありがとうございます、晶さん…」
律儀にお辞儀をする雪に、ほら、この子はこんなにいい子なんだと自分の中の悠に告げる。それを見た悠は困った顔をして、でも仕方ないなと笑ってくれる、そんな妄想をした。
でも今は告げない方がいいだろう。引っ越しをして、結婚をして…その時に話せばいい。その頃になれば悠も落ち着いて俺の話を聞いてくれるはずだ。悠が不安なのは結局俺と番になれずいつでも離れられる状況だからなのだ。俺がどれだけ悠のことを愛しているかを示せば悠だって…。
再度、雪が礼を言う。俺はそれに笑って答える。
「いいって。ほら、雪は晩御飯食べた?何か食べる?」
「食べてないです…夕飯前に逃げ出しちゃって」
「そっかそっか、じゃあなんか食べよう」
そうして俺は、悠に話せないことがまた一つ増えたのだった。
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