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もしかしたら俺がトイレに行っていた時に話していたことなのかもしれない。そう思うことにしよう。じゃないと晶を疑ってしまいそうになるから。
少し待ってみても二人は話に花を咲かせていて全く終わる気配がない。どうしよう、蚊帳の外だ。手持ち無沙汰になった俺は、でもその光景をずっと見ているのも嫌で会計してくると二人の隙間を縫って通路を出た。
待っていれば出てくるだろう、と会計を終えて外に出る。自分でマフラーを巻きなおし、コートのポケットに手を突っ込んだ。寒い、さっさと話を終えて出てきて欲しい。
雪を久しぶりに見て思った。やはり彼はかわいい。たれ目な目尻は愛らしさを富んでいて、頬は白雪姫のように赤く柔らかそうだ。その点俺はどうだ、普通のどこにでもいる男だ。一般的に好かれるのは確実に雪の方だろう。二人が並んでいる姿を想像すると、非常にお似合いな気がした。…俺に好かれる要素なんてあるのだろうか。
自分を卑下しそうになり、首を振ってだめだと思い直す。そんなことをしては俺を好いてくれている人に失礼だ。過度な謙遜は、相手に不快感を与える。大学の心理学の講義でそう習った。
深くため息をついて、まだかなと店の出入り口を見た。するとマフラーを片手に持った雪と晶が話しながら出てきた。声をかけようとして、やめる。晶が思いついたかのように雪のマフラーを手に取ったから。それから俺にするように雪にマフラーを巻いているのを見て、俺は―。
「なぁ悠…機嫌直して。引っ越し早々喧嘩なんてしたくないよ」
その原因は晶だってさらにキレそうになり、深呼吸をして自分を落ち着かせる。家に帰った俺たちだったが、その間俺は一言もしゃべらなかった。晶も俺が怒っているとすぐに感づいて話しかけてこなかった。それすら俺の癪に障る。
だって…だってあの行為は俺のためだけにあると思っていたから。晶は俺のためだけにマフラーを巻いてくれていると、ずっと勘違いしていたから。それを口にすらできず、俺は何度もゆっくり呼吸を重ねた。今日から毎日晶と一緒に寝れると思っていたけど、今日は無理そうだ。怒りが湧いて、収まらない。口にできたのは、そう、ひどい言葉だった。
「晶は、俺のこと、好き?」
玄関にいる晶を振り返ることもできずそう尋ねる。こんなひどい言葉、いままで口にしたことはない。そんなこと、浮気を疑っていると言っているようなものだから。
返事はすぐに抱擁と共に返ってきた。
「当たり前だろ!…ごめん、不安にさせて」
「…俺も晶のこと好きだよ」
だからもう雪と会っても話さないで。その一言が出ずに、俺はただ太陽の温かさに身を任せていた。
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