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第13話

結局その日は無言ながらも晶と一緒のベッドで寝た。晶は終始俺のことを気遣って、なにかあればすぐに抱きしめてくれた。そのおかげか次の日には機嫌もほとんど直り、普通に過ごすことが出来た。でも数日は晶が雪にマフラーを巻く瞬間が繰り返し脳内で再生され俺の気分を何度も害する。その度に俺は晶を抱きしめたりして心を落ち着けさせた。 記念日の十日も過ぎた休日。店が休みだというヒロに声を掛けられ出かけることになった。晶も友達と会う予定があると言うので、今日はお互い別行動を取ることになる。 待ち合わせはヒロのバーの前で、俺が着く頃にはヒロは既にバーの前に立っていた。気分が落ち込み気味であったものの、それを悟られないようにおはようございますと大きめの声で挨拶したつもりだった。 「おはよって…どうしたの。浮かない顔して」 ヒロは俺に会った瞬間俺に何かあったと悟ったようで、俺の頭をぽんぽんと叩いてくれた。俺は自嘲気味にちょっと…と言う。せっかくヒロが誘ってくれたのに暗い顔なんてしてちゃいけない、と俺はでも大丈夫ですと続けた。ヒロも何かを察したのかそれ以上何も言わない。 「そう…?じゃあ、今日は買い出しに付き合って欲しくてさ」 バーではヒロ自身が軽食も作っているからそれの買い出しだろう。俺ははい、と答えてヒロの後に続いた。 しかし買い出し中もあの時の光景がふとした時に蘇り俺を苦しめる。何度も、何度も。その都度忘れろ、晶は俺のことが好きだと言ってくれてるんだ、嫉妬するのは晶に失礼だ、と頭の中で言葉を反芻させた。しかしそれも逆効果のようで、ひどく暗い感情が俺の中を満たしていく。そのうちヒロの会話もままならなくなり、結局彼の行きつけの雰囲気の落ち着いた喫茶店に連れていかれてしまった。 「悠太くん、もう一度聞くけど…どうしたの。暗い顔してるよ」 「…すみません、せっかく誘っていただいたのに」 「それはいいんだよ、気にしなくて」 ヒロは無理しない程度に話してと言ってくれる。俺は言われた通り無理のない程度で雪の話をした。ヒロは俺が話す間うんうんと軽い相槌だけを打つだけで話の腰を折ることはしなかった。 話し終わると、ヒロは小さく舌打ちをした。 「あいつの悪いところだよ…。優しくて情に厚い。いいことかもしれないけど、恋人がいるところでする行動じゃない」 「俺、嫉妬しちゃって…ダメなんでしょうか。晶のことは信じたいと思っているのに」 「信じると嫉妬は別物だよ。そんな行動取られたら誰だって嫉妬する。特に、俺たちにはバース性があるんだから。だから悠太くん、キミは悪くない」 「ありがとう、ございます」 思わず泣きそうになったが、鼻をすするだけに収めた。 やっぱりあの行動は誰がどう見たっておかしいんだ。俺が嫉妬するのは、おかしいことじゃないんだ。晶を信用しているのに、こんな風に泣きそうになってしまうことは、変なことじゃない。 俺は確認するように手をぎゅっと握りしめた。 「キミは晶のことが好きだから嫉妬してしまうんだ。それを、忘れちゃだめだよ」 「はい」 もう一度ありがとうございますと言って頭を下げた。 ヒロはというと片手でこめかみを押さえてひどく頭が痛そうな顔をする。 「にしても、そんな状況だっただなんて…」 ため息をついた後、ヒロは頼んだ紅茶を一気に飲み干して言う。 「もしかしたら…あんまり考えたくないけど、もしかしたら今後晶は絆されて連絡を取り合ったりするかもしれない。絶対にそれだけは阻止しないといけないよ」 「それは、どうして」 「晶はさっき言った通り優しくて情に厚い。悪く言えば流されやすいんだよ。もし件の彼がオメガだからいじめられているとか言って晶にすがった時、きっとあいつはその子を優先する」 「そん、な」 晶が雪と連絡を取り合う姿を想像する。そのうち彼らは実際に会うようになるのだろう。晶は俺にするみたいに優しく雪に抱擁して…。 そこまで考えて俺はおえっと嘔吐(えず)き、慌ててトイレに駆け込んだ。便器に顔を突っ込みさっき飲んだばかりのコーヒーを吐き出す。少しすると落ち着いて俺は洗面台で手を洗い口を漱(すす)いだ。ふと顔を上げると顔色の悪い自分と鏡の向こうで対面する。 ―死にそうな顔してるな そりゃそうだろ。あんなこと想像しちゃったんだから。 ―別れた方がいいんじゃないか そんなことしたくない。晶は俺のことが好きだって言ってくれているんだから。 ―早く別れないと傷は深くなる一方だぞ 「うるさいな」 鏡の中の自分がにやっと嫌な笑い方をして消えていく。瞬きをすればそれが自分の幻影だったのたと気づかされた。思ったより自分は追い詰められているようだ。 席に戻るとヒロが心配そうに大丈夫?と聞いてくれる。それに俺は苦笑いしながら大丈夫ですと返した。 「ベータたらしなだけだと思ってたけど、最近落ち着いてきたと思ったのにまたオメガにも優しくしちゃうなんて…」 「あ、それは違うんです。俺が不安がるから晶はちゃんとオメガとの付き合いを減らしてくれてて…。晶が俺のこと好きなのは本当なんです」 そうやって晶を庇うのは、晶を本当に信じているからか、それとも自分自身に言い聞かせるためか。そんなことを俺が考えているなんて露知らず、ヒロは俺がそう言うなら…と一応納得してくれた。 「じゃあ今日は気晴らしにゲーセンでも行く?」 「あ、いいですね。行きたいです!」 ゲーセンは俺が暇なときによく行っていた場所で、気づけばUFOキャッチャーでものを取るのが得意になっていた。今でもたまに行くけど、友達と行くとさらにまた楽しいんだ。それを知っているからヒロはそういう提案をしてくれたのだろう。俺は気が楽になって行くのを感じた。ヒロは厳しいことも言うけど基本的に優しい。だからこうして俺と晶のことを相談することもできるんだ。 会計を終わらせて店を出る。ここからゲームセンターまでは十分ほど歩くはずだ。 大きい交差点を渡って街に出て人混みに紛れる。その中に見知った背中を見つけた。それはヒロもだったらしく、手を挙げて口を開きかけた。 「っ」 しかし俺はすぐさまその手を下げさせた。どうしたのと問おうとするヒロの口を塞いで、人混みの端に寄る。俺の視界には、晶と共に歩く―雪が見えていた。少し離れたことでヒロも晶が誰かといるのに気づき、俺の行動から一緒にいるのがよくない人物だとわかってくれたようである。 「もしかしてだけど」 「…はい」 言わんとすることがわかり頷く。ヒロは今度は大きな舌打ちをした。 対して俺の心臓はどくどくと嫌な音を立てていた。今日晶は友達と会う予定だと言っていた。でも今隣にいるのは間違いなく雪だ。三回しか会っていないが、遠目でもわかる。それは自分の中で彼が”特別な人間”だと言っているようなものだった。 どうして彼らが一緒にいるのか。…ヒロの言う通り、既に連絡先を交換してしまっているのかもしれない。それなら雪が友達というのも頷ける。でもそれなら晶は俺に必ず言ってくれるはずだ。それがないというなら…彼らの行為は、後ろめたい関係性だということになる。 吐く息が、冷たい。心が凍っていく。 俺は彼らがどこに行くのかも確認しないままその場を後にした。 さっきの喫茶店に逆戻りしたが、店主は特に何も言うことなく俺たちを受け入れてくれた。 出された水を無言で飲み切る。外に出て凍ってしまった体と心がさらに凍てついていくのを感じる。俺は震える手を隠しもせず口を押さえた。 何も言わなかったヒロだったが、そのうちはぁと深いため息をつくのが聞こえた。 「最悪なの、見ちゃったね」 「……」 さすがに元気出せとも見間違いだとも言えないのか、ヒロはま黙りこむ。少しして、あれが雪?と聞いてきた。 「…はい」 「運命の番…か。俺たちには縁のないものだね」 「…そうですね」 今はなにを言われても上の空でしかない。晶が雪のマフラーを巻いている映像に加え、二人が一緒に並んで歩いている映像が脳を侵す。どうして一緒にいるの、どうしてなにも言ってくれなかったの。そんな無意味な問いばかりが埋め尽くしていた。晶が俺のことを好きという言葉すら嘘なんじゃないかって思い始める。 「俺、どうしたらいいんでしょうか…」 「どうって」 「別れた方が、いいんじゃないかなって…」 二人は運命の番なんだから惹かれ合うのは自然の摂理だ。邪魔者は、俺なんだ。 俺がその言葉を口にすると、俺の手をヒロさんが握ってくれた。 「まだその決断に至らないで悠太くん。君は、晶のことが好きなんだろ」 「でも…俺じゃ晶の隣は務まりません…」 これは常々思っていたことだ。アルファの隣にはアルファ、ないしはオメガかいるべきだ、と。男の上にベータで生産性のない俺じゃ晶の隣にはずっといられない、そうずっと思っていたんだ。 でもヒロさんは俺の手を痛いほど握りしめて、そんなことないと言う。 「誰が誰の隣にいようと、務まらない、似合わないなんてことない。それは君たちもそうだ。晶は君を望んでいて、君も晶を欲している。その関係を自ら崩そうなんて考えるな」 射貫くような視線に、俺ははい、と頷くしかない。 そしてそのままヒロとは喫茶店で別れた。最後の最後まで彼は俺の心配をしてくれて、けれども俺はそれに対して大丈夫ともどうにかしますとも言えなかった。ただ、頷いていた。 自宅に帰っても晶はまだ帰っておらず、メッセージに遅くなるとだけ入っていた。俺がわかったと返信するとすぐに既読が付いて、悠は家帰った?と聞いてくる。 『うん、今帰ったとこ』 『おつかれさま。ヒロどうだった?』 『元気だったよ』 『そっかそっか、ならいいや』 そのまま問いただしてしまいたくなる。どうして雪と一緒にいたの?どうして連絡とっていること言ってくれなかったの?このままだと電話をかけて感情のまま叫び出してしまう気がして俺は携帯をソファーに放り投げた。これ以上見ていたってつらくなるだけだ。それに…もしかしたら、たまたま街中で会っただけかもしれない。俺が見えていなかっただけで、翔が近くにいた可能性だってある。それで三人で食事を取ることになったとか。 あの光景にどうにか理由をつけようとして、別の思考が邪魔をする。そんなこと都合のいいことありえるわけない、と。 もうどうしたらいいのかわからなくなって、俺は床に座り込んだ。暖房の入っていない部屋の冷たい床は、まるで俺の心の様を表しているようだった。温かい太陽の晶がいないと、俺はこんなにも冷たくなってしまう。別れた方がいいのはわかっている。でもきっと俺には言い出す勇気はないのだ。 そしてその日うちに晶は帰ってこなかった。

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