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第21話
匠はこの間とは違う家に俺を連れて行った。曰くこの間の家は実家で、今日連れて来たこの場所は会社に近いからと契約しているマンションらしい。そんな場所に俺を連れて来ていいのかと言ったが、構わないと言ったきり何も話さなくなってしまった。
エレベーターが高層で止まり、そのまま出ればその階層の全てが部屋になっているようで、玄関が1つあるだけだった。
「部屋は温めてある。入りなさい」
おずおずと部屋に入れば、言葉の通り部屋は暖かかった。その暖かさに逆に鳥肌が立ち、腕を摩る。すると俺の行動をまだ寒いと感じていると取ったのか、匠が「部屋の温度を上げてくれ」と誰にでもなく言う。数秒後、ピッとエアコンから音がした。音声認識だろうか。
「あの寒さの中だ、かなり寒かっただろう。そこに座ってるといい。何か暖かい飲み物でも淹れよう」
そう言って匠はキッチンに向かう。
敵の陣地に入ってしまった感覚に襲われ、座ることもできずただ茫然と立ち尽くす。
匠は手際がいいようでサクッとお茶を用意し、テーブルに2つのマグカップを置いた。湯気の立つ緑茶を見ているだけで心が温まる。どうぞと言われ、仕方なく椅子に座り否応なしに口に運べば、胃の中から体が温まるのを感じた。意図せず美味しい、と呟いてしまう。
「よかった」
彼は薄く微笑むと椅子に座り、同じようにお茶を飲んだ。
「……」
「…」
数分の間、沈黙が訪れる。エアコンのゴオオという風音だけが響く。
先に口を開いたのは匠だった。
「雪がいないと、両親から連絡があったんだ」
「あ……」
それから匠は家の状況を軽く語ってくれた。両親の不仲、それに伴い雪が迫害されていること、自分は雪を慰めることしかできないこと…。
そんな両親が珍しく雪のことを口にしたと思えば、発情期が終わったはずの雪の部屋から発情期特有の匂いがする、と言う。部屋にいないと言うことはどこかに出ているはずだ、発情したまま外に飛び出るなんて一家の恥になる、連れ戻せ、と。
それで外に飛び出て探し回っていれば、雪の匂いがする俺が公園で一人でいた。そういう経緯らしい。
「それで…君が外にいる理由を俺は聞いてもいいだろうか」
どうやら俺が警戒しないように先に自分のことを話してくれたようだ。
言っていいのだろうか。弟さんが突然家に訪れて晶としっぽりセックスしてました、とか。…正直、言いたくない。話に聞く限り、匠にとって雪はかなり大事な弟だ。弟の悪口…のようなものは聞きたくないだろう。それに、今さっきあったことを言語化することで現実を直視させれてしまう。
でも、なぜだろう。彼は、晶と同じアルファだというのに…この人には、匠には話そうと思うのだ。それはこの間会った時に自分の体調まで暴露してしまった時と同じだった。
視線をマグカップに落とし、話しだす。
「晶が水曜に雪くんと会ってることは、話しましたよね。そのことで晶と揉めそうになった時、雪くんが家に突然来て。…発情してて。二人はそのまま部屋に入ったまま、その…」
「ああ、無理して言わなくていい。…そうか、雪が。どうして君たちの家を知っているのかわかるか?」
「わかりません。家に連れてきていたのかもしれませんけど…家からは、彼の匂いはしませんでした」
「なるほど。それで君は家を飛び出して来たんだな」
小さく頷いて答える。
後から思えば、その場から逃げ出さずにきちんと話し合えばよかった。そう口にすればそれは無理だろうと匠が断言する。
「恋人が知らない、いや…会いたくもない運命の番と致しているなんて想像するだけで胸糞が悪くなるだろう。…君は何も悪くない」
そういえば匠も自分の番を運命の番にを取られたのだったと、ふと思い出す。
この人も…と、手元から視線を匠に移せば、彼は眉根を寄せ立ち上がり俺のところまで来て跪く。そしてそのまま指を俺の目尻に当てた。
「…辛いだろう。その気持ちはよくわかる」
「あ、俺…泣いて…」
彼の指が濡れていることで、ようやく自分が泣いていることに気付かされる。
止めようと手の甲で拭いてみるも、逆効果なのか余計に流れてくる涙。どうしよう、止めないと。そう思えば思うほど涙は塊になって流れていく。
その光景を見ていた匠は、無理しなくていいと言ってくれた。
「泣きたい時は泣けばいい。俺も、そうしてきた」
「ひぐ、ぅ、…ごめんなさ、」
「謝る必要もない」
匠はゆっくり首を振って、俺の手を握ってくれる。その暖かさにさらに涙がこぼれ落ちる。
俺は、どうすればよかったんだろう。
その呟きは、虚空に消えた。
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