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第25話

話し合った結果、俺がソファーで、匠がベッドで寝ることになった。 話し合いは十分程度続いた。匠は最初こそ俺にベッドを使わせようとしてきたが、家人にそんな扱いさせられない、と俺は匠の意見を押し除けた。 ソファーはベッドにもなる仕様らしく、十二分にゆったり寝ることができた。 そのまま夜を過ごし、次の日起きると匠が先に起きていた。 「あ、おはようございます…」 寝ぼけまなこで匠がキッチンにいるのを見ながらゆっくり体を起こす。匠は2つのカップを手に、俺におはようと言ってきた。 「よく寝ていたよ」 「え、今何時…」 時計を見れば、優に正午を回っていた。 「ごご、ごめんなさい!ご飯作るって約束だったのにこんな時間まで寝てっ」 「朝はそんなにたべないから気にしなくていい。ただ流石に腹が減ったから何か作ってくれると助かる」 「は、はい!」 急いで体を起こし、キッチンに赴く。昨日のうちに宅配で食材を運んでもらっていたおかげで、冷蔵庫は潤っている。何を作ろう、と考えて時間と腹の空き様から簡単にチャーハンを作ることにした。夜はもっとちゃんとご飯らしいご飯を作ろう。 「あ、米は炊いておいたが良かったか?」 「むしろありがとうございます!」 これなら15分程度で方が付く。 俺は収納棚からフライパンと調味料、冷蔵庫から材料を適当に取り出し、本当に簡単に焼き豚チャーハンを作った。 その間匠は椅子に座ってタブレットで何かをじっと読んでいた。時々スクロールしていたから、動画じゃなくて新聞か何かかもしれない。 俺は匠の皿に多めにチャーハンを盛り、できました、と匠の前に置いた。 「ありがとう」 匠はさっとタブレットを退けると、自分の前に皿を持っていく。スプーンを渡せば、匠はすぐに食べ始めた。お腹がすいた、というのは嘘じゃなかったみたい。 一気に半分ほど食べて、匠はふと手を止めた。 「…美味いな」 「あ、良かった…。俺、料理はしますけど得意ってほどじゃないんで…」 「これで得意じゃないなら、料理を全くしない俺はどうなるんだろうな」 くすりと匠が笑う。その顔に胸がぎゅっとなった。…?なんだ今の感覚、と胸を押さえると匠がどうした?痛むのか?と心配そうに聞いてきた。昨日の診断を受けて、かなり心配をかけているからだろう。 「いえ、大丈夫です」 「念のためもう一度榊に」 「だ、大丈夫ですから。それより匠さん、今日仕事は?」 「午前休をもらっている。君の料理を食べ終わり次第仕事に行くつもりだ」 つまり俺が起きなかったら何も食べないで仕事に行くつもりだったってことか。 「明日からはちゃんと起きます、すみません…」 保護してもらっている身の俺が悠悠自適に過ごすなんてあり得ない。俺は再度匠に謝って明日はきちんと起きることを約束した。匠は少し困った顔をしながらも、料理を作ってもらえるのはありがたいのか何も言わなかった。 皿に盛られた分全てを食べ終わると、匠は部屋からコートやらカバンやらを持ち出し、玄関を出て行った。それを見送ると、俺もご飯にしよう、とフライパンの上に乗ったチャーハンを少し温めて食べる。食べ終わったら片付けをして、冷蔵庫の中身を確認して夜ご飯に何を作るかを想定して…。そうすれば、やることは途端になくなってしまった。大学に行こうかとも考えたが、卒研を出してしまった俺はゼミに行っても手持ち無沙汰なことに気づかされる。それに外に出て晶に会ってしまったら、と考えると外に出る気も起きなくなってしまった。まだ、晶に何をいうべきなのか俺の中で整理はついていない。まだ一緒にいたい?じゃあ雪はどうするの。別れよう?こんな簡単に別れてしまっていいのかな。そんな自問自答を続けていると、頭が痛くなるのを感じた。そもそも雪を抱いた上で晶がまだ俺のことを好きでいてくれる保証はない。確かに晶はオメガが苦手だと最初に言っていたけど、自分の運命の番はまた違うかもしれない。そう、まるで子供は苦手だけど自分の子は可愛いという人のように。それにセックスしたことで、それが余計に露呈した可能性もあり得る。 軽くため息を吐いて、昨日から電源を切ってテーブルの上に置かれている携帯電話を手に取った。…そうだ、電話に出たり返信しなければいいんだ。それ以外は使えるんだから。 俺は誰に言うでもなく言い訳をし、主電源を入れた。 電話の通知とメッセージは昨日の数を超えており、しかしある一定の時間から今まで一切来ていなかった。変だなとは思ったが、すぐにそっか、雪とシてるんだと思い至る。喘ぐ雪に必死に腰を使う晶。…嫌な想像した、と頭(かぶり)を振りいまの妄想を脳内から叩き出した。 携帯の動画配信アプリを開き、適当にタップする。ゲームの実況動画を俺は気分が上がらないまま見続けた。 ある程度の時間までそうして見ていたが、そのうち何時に帰ってくるか聞いてないことを思い出した。 時間は5時半過ぎ。だいたいの会社員が、残業がなければ今から帰り出す頃だろう。匠は起業していると言っていたから普通の会社員とは違うと思うが、今から作り始めて早いことはないだろう。あとでまた温め直せばいいだけだ。 そう思い立って俺はキッチンに立った。米を炊き、冷蔵庫から食材を取りだす。夜ご飯は鳥肉と大根の煮物にすることにした。昨日のうちに水にさらしてある冷凍大根を買っておいたおかげで、手早く料理ができる。 手早くタレを作り、軽く焼き色をつけておいた大根と鳥肉にかけ入れる。弱火で30分ほど煮て、完成だ。 「うーん」 他にも副菜を作ったほうがいいだろうか。煮物だけでは物寂しい気がする。 俺は冷蔵庫を再度開け、何があるだろうと探した。野菜室からもやしとニラを取り出す。料理しないと言っている割りに揃っている調味料で会えるだけのピリ辛ナムルを作った。あとは豆腐とワカメの味噌汁を作って料理を終えた。 そろそろ帰ってくるだろうか、と時計を見る。時刻は小さい針が4を刺していた。だいたい1時間くらい料理していたようだ。 先に食べていいのかなと悩んでいると玄関が開く音が聞こえ、続いてリビングの扉が開かれた。 「あ。おかえりなさい」 「ただいま。…いい匂いがする」 匠がすんすんと鼻を鳴らす。犬みたいな可愛さに自然と頰をほころび、いま夜ご飯出来ました、と伝えた。 「なるほど。ナイスタイミングだったわけだな」 「すぐに入れますね」 これまた料理しない割りに揃っている食器類に料理をよそって匠の前に出す。自分の分はとりあえず後にして席に座ると、匠に食べないのか?と聞かれてしまった。 「一緒に食べて、いいんですか?」 「もちろん構わない。別々がいいならそれでもいいが…1人で食べるというのは以外と寂しいから一緒に食事しないか」 「ありがとう、ございます」 ここ最近晶と一緒に食べるどころか食事すら取れていない。俺は少し嬉しくなって自分の分を持ってきて匠の対面に座った。 2人でいただきますと言い、食事を始める。冷凍大根のおかげでしっかり味が染みていた。 「本当に君は料理が上手いな」 「そんな…結構これも手抜きしてますし」 「料理なんて手を抜いてなんぼだ。美味しければそれでいい」 美味しそうに味噌汁をすする匠にそう言われると、そんな気がしてくる。そんな匠を見ながら自分もご飯に箸をつけた。 特に会話もなく食事は進み、先に食べ終わったのは匠だった。匠は行儀よくごちそうさまでしたと口にし、食器をある程度流し食洗機の中に入れた。食洗機なんてあったんだ。昼ごはんを食べた時は気づかずに手洗いしてしまった。あとでかけ方を教わろう。 適度に腹が膨らむ頃には食事も終わっており、俺も匠に倣って食洗機の中に食器を入れた。 「すみません匠さん。俺、食洗機の掛け方わからなくて」 「ああ、教えよう」 匠は再び席を立つと俺の隣に立ち、簡単に食洗機の使い方を教えてくれた。 「ありがとうございます。明日から使っていいですか?」 「もちろんだ。作ってもらっている身で使うななどとは言わない」 「…ありがとうございます」 匠は優しい。その根底に俺を哀れむ気持ちがあったとしても、その優しさは暖かかった。 しかしその優しさに反比例するかのように、俺の心は冷えていた。ふとした瞬間に、晶のことを思い出してしまうからだ。数年一緒にいた記憶は、1日やそこらじゃ消えてくれない。 「…俺が作る担当で、晶は洗い物担当だったんです。一緒に住む前も、一緒に住んだ後も」 ふとそんなことを口にして、はっと口を押さえる。こんな話、匠にしてどうするんだ。 「すみませんこんな話。もう寝ますね」 ソファーに向かおうとして、匠に腕を捕まれ振り返る。匠も不意のことだったのか、パッと腕を離し、すまないと謝ってきた。 「…風呂に、入ったほうがいい」 「あ、…お借りします」 ぺこりと頭を下げる。匠は頷くと、湯を張ってくる、と部屋を出て行った。俺は手持ち無沙汰になり、一瞬だけ掴まれた腕を眺めていた。

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