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第27話
家に帰るとすでに電気は消えていた。時刻は優に11時を超えている。悠太は寝ているに違いなかった。おそらく出来上がっているだろう料理にありつこうとキッチンの電気をつけるが、そこには何もない。加えて使われた形跡すらない。疲れて寝てしまったのだろうか、今朝は体調は良さそうに見えたが…。
彼の体はいま、大きな変化を遂げようとしている。いつ体調に変化が起きてもおかしくはないのだ。彼をここに置く事の発端は、弟の雪の発情だった。雪の発情期は確か先週だったはずで、その期間この部屋においておいたのだからそれは確定だ。にも関わらず、悠太たちの前に現れた雪は発情していたと言う。何かしら雪の身に起こったとしか思えない。だがいまは確認のしようがなかった。きっといま2人の元に行って雪の匂いのする俺が悠太の元に帰れば、警戒されてしまう。それだけは避けたかった。
悠太はおとなしい性格のようで、家にいても静かだった。以前この部屋がとても賑やかだったことを思い出すと、その温度差にめまいがしそうだ。
元恋人ーハルは、男性オメガだった。彼とは幼馴染で、皆が俺たちがくっつくのだろうと思っていた。実際俺もそう思っていたし、そう思っていたから彼の首を噛む予定だった。だが結局俺たちが結ばれることはなく…ハルは俺を選ぶことなく、他のアルファに自身の首を噛ませた。全てが露呈したのは、ハルが彼の子を妊娠してからだった。一夜限りのはずが、できてしまった、と。ハルからたまに知らないアルファの匂いがするのは知っていた。それでも俺はハルを信じていたかったんだ。
総じて半年、俺は裏切られ続けていた。
だから冬というこの季節が俺は嫌いだった。俺は未だにハルのことを思い出しては女々しくヒロのところで酒をかっ喰らう。
だからなのかもしれない。少しでも悠太の憂いが晴れればいいと思ってこうして構ってしまうのは。しかし現実は冷たいもので、悠太の彼氏である晶は雪と引かれ合い、体を重ねてしまった。いくら晶にまだ悠太への想いがあったとしても、もう修復は不可能だろう。…それを決めるのは、悠太だが。
当の本人である悠太の顔を見に行く。もし本当に体調が悪いようならもう一度榊を呼んでーそう思ってソファーを覗けば、彼がそこにいないことに驚かされる。
風呂にでもいるのか、と赴くが、やはりいない。
嫌な予感がした。俺は家中のドアを開け放ちながら彼の名前を読んだが、一向に返事は帰ってこない。
あと調べていないところといえば、雪の降り積もるバルコニーだけだ。頼むからそんなことないと言ってくれ…そう思いながら窓を開ける。ぐるりと頭を回し、いないことを確認する。よかった、でもじゃあどこに。窓を閉めかけて、ふとバルコニーに置かれた椅子の端に影があることに気づいた。
「っ悠太!」
咄嗟に呼び捨てにし慌てて駆け寄る。薄着な彼はすでに冷たくなっており、いつからここにいたのかと思うほどだった。抱き上げてすぐに部屋に入れ風呂場に運び込み、ヒートショックを起こさないほどほどの温度にしたシャワーを浴びせる。自身の服を脱ぐ時間や、悠太の服を剥ぎ取る時間すらも惜しかった。俺は悠太と共にびしょ濡れになる。
「…ん」
少しすると体が温まってきて、小さく瞼を震わせ、悠太が目を覚ました。彼は瞳をきょろきょろとさせ、焦点の合わない目で俺を見てきた。何が起こっている、そう言いたげな表情の悠太に俺はよかったと呟きを零した。
「あ、の」
「何してたんだあんなところで!!」
何か言おうとした悠太に俺は怒鳴りつけた。突然の怒号にびくりと悠太は体を縮こまらせる。
「下手をすれば死んでいたかもしれないんだぞ!」
「えっと、あの…ごめん、なさい…」
「心配したんだ…」
シャワーを床に起き、まだ少し冷たいその体を温めるかのように悠太を抱きしめる。本当に、心臓が止まるかと思った。もし悠太が死んでいたら、俺は、俺はどうすればいいのかわからなくなる。
この時初めて気づいた。俺にとって悠太はただの保護対象ではないということに。悠太が俺にとっての新しい光になりつつあることに、彼が死にかけたことでようやく気づくなんて滑稽だ。
とにかくまだ温まり切っていない悠太を温めるために、俺は体を離して悠太に現状を簡単に説明し服を脱ぐよう促した。
「俺…そっか、外に出て、窓が開かなくなってて…だから屋根のあるとこで身を小さくして…」
「窓が開かなくなった…?」
どういうことだと首を傾げ、そういえば最近防犯対策で窓にオートロック式をにしたことを思い出す。
「……悪い、全ての元凶は俺だ」
「え」
「最近何かと物騒だからオートロック式の窓に変えたんだ…。本当にすまない、君を殺しかけたのは俺だ…」
自分のあまりの馬鹿さ加減に笑えてくる。いや、全くもって笑い事ではないのだが。悠太はそうなんですね、と言った後くしゃみを1つした。そうだった、ずっと濡れた服でいては風邪をひかせてしまう。
「早く服を脱いでシャワーを浴びなさい。俺は出ているから」
「あ、はい…で、でも、匠さんも濡れてるんじゃ」
俺の姿を見た悠太がそう言う。確かに一緒にシャワーを浴びた俺も悠太同様びしょ濡れだった。一緒に入ればいい、そう言いたいのだろう。だが、それはできない。
先日榊から、なるべく悠太に触れないようよくよく注意されているのだ。
『いまの悠太くんはかなり不安定だ。いつ発情期がきてもおかしくないくらい、だ。お前が触れることでいまのパーセンテージが崩れてさらにオメガに傾く可能性だってある。だからなるべく触るな』
そのことを簡潔に悠太に告げれば、彼は絶望したような顔をした。
「は、発情期って、だって、まだ、オメガに完全になったわけでもないのに」
「…榊がいうには、まず匂いがわかるようになる、次に発情期がきて、子宮ができて完全なオメガになるらしい」
「そん、な…」
がくりと首を落とす悠太を見ていられず、俺は風呂場から一足先に出た。そして悠太に再度早く温まった方がいいと言い、服を脱いでその場を後にする。それから悠太用に買った三段ボックスから下着と部屋着を取り出して脱衣所に置いておいた。
数十分後、悠太が服を着て出てくると俺も後に続くように風呂に入った。
シャワーを浴び終えリビングに戻ると、悠太が椅子に座って携帯を眺めていた。
「悠太くん」
「あ、匠さん…心配をおかけしてすみませんでした」
頭を下げようとする悠太を慌てて止める。今回全ての原因は俺だ。責められる故はあれど感謝されることはしていない。
「改めて謝らせてくれ。俺が一足遅ければもしかしたらいま君はここにいないかもしれない。本当にすまなかった」
俺が頭を下げれば悠太はあたふたとした後、俺も勝手にバルコニーに出てすみませんと謝ってきた。これでは一生謝り合わないといけなくなりそうで、俺はそこで頭を上げ悠太の対面に座る。
「…どうして、バルコニーに出ていたんだ?」
「すみません…」
「責めたいわけじゃないんだ。ただ単に不思議なんだ。
「えっと…なんだか、懐かしくて」
「懐かしい?」
「俺、雪国育ちなんです。それでその、両親が…致している時はベランダに放り出されることもあって。…でもそんな記憶を上書きされてしまうくらい晶との記憶もいっぱいあって」
時々話してくれる悠太の過去の記憶は、普通の人からすれば辛い記憶なのだろう。だが、それ以上に彼には晶という存在が記憶の全てを覆い隠してくれていたようだった。
だが、晶のことを話す悠太の表情はどこか痛ましい。おそらく幸福な記憶に入り込む辛い記憶ー雪との邂逅のことをどうしても思う出してしまうのだろう。
幸せだったはずの2人を引き裂いたのが、弟の雪だという事実を正直受け入れたくない。だがそれはどう足掻いても真実なのだ。
悠太は晶の話を少しした後、はっと口を押さえた。
「またこんな話…すみません」
「いや、気にしなくていい。…もし君が嫌じゃなければ話してくれないか。君も、心の整理が必要だろう」
「心の、整理…」
「そうだ。今後どうしたいのか、君は決めないといけない。もちろんこの一週間で決める必要はないが、後悔のないように、とだけ」
「……」
俺の時はハルが妊娠していたため、決める時間は少なく、ほとんどないのとおなじだった。でも悠太は違う。まだ時間はあり、彼は後悔のない選択をすることができる。俺は、ハルと別れたあの決断を未だにこれで良かったのかとずっと考え続けているから。
悠太は少し逡巡した後、口を開いた。そして悠太は晶との出会いから今までの話をしてくれた。
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