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第28話
晶は、いい人だった。
そう言って話の最後を締めくくる。
言葉が過去形になってしまったことに最初は気づけなかったけど、発言してから気がついた。口をそっと押さえ、ゆっくりとおろす。
匠は俺が話している間、相槌だけを打って途中で何か言ってくることはなかった。ただただ、静かに聞いてくれていた。
話終わる頃には頭もスッキリしていて、心の何処かで決心をしていた。
「聞いてもらってありがとうございました」
感謝を言い頭を下げる。相変わらず匠は気にすることない、と俺の礼を受け止めそう言った。頭を上げた俺の顔を見た匠は何かに納得したかのように頷く。
「何か、決めたんだな」
「はい。話を聞いてもらっているうちに、なんだかスッキリしてきて」
「そうか。それはよかった」
ふっと笑う匠。その顔になぜか安心感を感じていると、鼻がムズムズしてくしゃみを連発させてしまう。そういえば風呂に入ったというのにどこか寒く感じる。それに、どういうわけか体もだるい。
匠も何かを察してか、椅子から立ち上がると俺の元にきて額に触れてきた。
「…熱い」
「え」
「君、熱があるぞ」
ああ、あんな寒空の下何時間もいたらそりゃ風邪引くよなぁ、と他人事のように思っていると匠が慌てたようにキッチンの棚を見に行く。ガチャガチャという騒音の後(のち)、匠は手に薬と水の入ったコップを持って帰ってきた。しかし手にしていたのは風邪薬ではなく胃薬の箱で、その動揺ぶりに思わず笑ってしまう。匠は恥ずかしさを紛らわすように数度咳をした。
「今日は俺のベッドで寝るといい。俺はソファーで寝るから」
「えっ…家主をソファーで寝かせるなんてできませんよ」
「君は風邪をひいているんだ。少しでも暖かいところで寝たほうがいい」
「でも…ソファーも十分に暖かいですし」
「寝づらいだろ」
「大丈夫です」
「………」
一切引く気の無い俺に匠はため息を吐き、じゃあ一緒に寝るか、と頭を掻きながら呟く。今度は俺が動揺する番だった。
「一緒って」
「君が嫌がるなら一緒に寝るしかないだろ。安心しろ、なるべくベッドは大きいから間違っても君に触れることはない」
「あ、そう、なんですね」
それなら、まぁ。
納得しかけて、首を傾げて、どうにか自分を納得させる。
それから歯磨きをして匠より先に床に入った。先に寝ててくれと言われて理由を問えば、夜ご飯を食べるからだと言う。そうだった、“死にかけてた“から忘れていたけど匠の夜ご飯を作っていなかった。そのことを謝罪し作ると言ったのだが、病人はさっさと寝ろと言われてしまった。
風邪を引いていると脳が認識してしまったせいかより一層体がだるく感じ、寒気もしてくる。匠に言われた通り布団に入るとその暖かさと安心感にため息が出た。これは、一瞬で寝てしまうやつだ。ここに来てから眠れない、なんてことほとんどないな。晶と一緒にいるときは眠れなくて仕方なかったのに。そう思っているうちに早速睡魔が襲ってきて俺はすぐに眠りについた。
深夜。寝ていた俺は飛び起きた。
夢の中で俺は大学生なのに両親と暮らしていた。そうして2人に要らないと言われ、挙句眞木にも同じことを言われ、最後には晶と雪のベッドシーンも夢に出てきて…。
俺がいきなり起き上がったことで匠も起きてしまったようで、匠はどうした?と聞いてきてくれた。俺は苦しく感じる胸を部分の服を掴んで深呼吸をする。
「すみ、すみません。なんか嫌な夢を見て…」
「…風邪をひいているときは悪夢を見やすい。眠れないか?」
そうだった、俺、熱があるんだ。そういえばこうして風邪を引くの自体久し振りな気がする。こんなにしっかり悪夢を見るなんて…。
「多分、すぐ寝れます。大丈夫です」
引きつっているだろう笑みを顔に浮かべて、俺は再度寝転んだ。しかし一度起きてしまったせいか意識ははっきりしていて、なかなか眠ることができない。心臓が、ばくばくと音を立てる。
お父さんお母さん、どうして僕を愛してくれないの?
眞木がそんなこという訳ない。でも、どこかで邪魔者だと思っていたかもしれない。
ちゃんと答えは出たはずなのに、まだ晶と雪のベッドシーンを見て動揺するなんて。
いろんなことが脳内を駆け回って、目を瞑っている筈なのに眠ることができない。何度か寝返りを打っていると、隣でベッドが軋む音が聞こえた。
「…大丈夫じゃ、なさそうだな」
「起こしてしまってすみませー」
謝ろうとして、
「この方が、安心できるんじゃないかと思ったんだが」
匠に抱きしめられていることに気づく。
その瞬間はオメガになるだとかこの人はアルファなのにとか、そういうどうでもいいこは吹き飛んでいた。ただ、暖かい。それだけが脳内を埋め尽くす。
「あ…」
「大丈夫だ、君が寝ているまでこうしている」
「ありがと、う、ございま…」
皮肉なことに、人の温もりを知らずに生きてきたはずが人の温もりによって眠気がやってくる。俺は匠にまともに例も言えぬまま再び眠りについた。
途中途中熱と咳の苦しさで目が覚めたりもしたが、おおよそ半分ほどはきちんと寝ることができた。
それから俺は身動きの出来なさで起きた。カーテンからこぼれ出る光からおそらくもう朝だろう、と判断する。身動きができないほど体の調子が悪いのだろうか、と身動ぎすると、ぎゅっと何かに包み込まれていることに気づく。もしかして、と思ってゆっくり振り返れば、顔面ギリギリに匠の顔があった。
「っ」
声をあげなかったことを褒めて欲しいほど、驚く。そうだ、夜中に目を覚まして匠が…。
申し訳なさからすぐに謝りたいと思うが、匠はいま寝ている。起こすのはもっと申し訳ない。しかしこのまま抱かれているのはオメガへの一歩を踏み出すのと同じだし…俺はとてつもなく申し訳ないが彼を起こすことにした。
「あの…匠さん」
「ん…ハル…どうした…」
匠の口から聞いたことのない名前が出る。
ハル。
寝起きの頭でも何と無くわかる。寝言に出てしまうほど恋しい存在…きっと運命の番と出会って匠と別れてしまった元恋人のことなのだろう。匠はいまでも元恋人のことが忘れられず、いまの時期はヤケ酒をしているらしいし、間違いではないと思う。
そっか、ハルっていうんだ、名前。
もし俺が匠の恋人であればモヤモヤの1つでもしそうだが、生憎俺たちはただのアルファとベータに過ぎない。俺は匠が悲しい夢を見ていないことを祈ることしかできなかった。
その後匠は自力で起きて、俺を抱き枕にしているとわかると土下座しそうな勢いで謝ってきた。
「…昨日に引き続き君に無体を働いてしまった。君が寝たらすぐに離すつもりだったんだ。すまない」
その言葉に今度は俺が気にしなくていいと言う番だった。
「昨日のはあれとして…今日のは俺が夜中に目を覚ましてしまったせいですし、本当に気にしないでください。むしろありがとうございました」
「いや、昨日も今日も俺の落ち度だ。本当にすまない」
朝日の差し込む部屋は暖かいはずなのに、空気はお通夜かというほど暗く冷たい。俺はその空気を振り払うために、朝ごはんどうしますか!と少し声を張り上げて聞いた。
「君に作らせることはない。今日は掃除もしなくていいからゆっくりしていなさい」
「すみません、ありがとうございます…」
そう言ってベッドを降りようとすれば、何をしているんだ?と匠が聞いてくる。
「?ソファーに行こうと…」
「何を言っているんだ。ソファーで寝かせる訳がないだろう。ここで寝ていなさい」
「え、でも」
「俺は基本的に茶しかいれられないからパックにはなるがおかゆを用意しておこう。午後から榊がくるよう手配もしておく。だから悠太くん、君はゆっくり休むんだ」
死にかけたのは昨日の今日なんだから。続けてそう言われて、確かに…そう言われてみれば、自分は昨日死んでいたのかもしれないのだから休むべきかもしれない、と思う。
「…わかりました。じゃあ、今日は休ませていただきます」
匠はそうしなさいと言いベッドを降りる。
そうして匠は心配そうにしながら仕事に行き、午後から榊が来た。軽い検診の後、ただの風邪だとわかると少し安心したかのように頷いた。
「いや、な…オメガに切り替わる時って風邪の症状に似た症状が出やすいんだよ。だから心配だったっつーか…特にいまは匠と過ごしているだろ?なんかあってからじゃ遅いからな」
頭を撫でてくれる榊に、何時からかはわかりませんけど一緒に抱き合って寝てましたとは流石に言えなかった。
その日はその後ぐっすり眠り、匠がいつ帰ってきたかわからないほどだった。
翌日には風邪もすっかり治り、昨日同様匠より早く起きることができた。ベッドを見て見たが匠は居らず、おそらくソファーで寝ているのだろうと予想をつける。きっと昨日抱き合って寝ていたからこれ以上俺に触れる要素がないように、という配慮なんだろう。
それからベッドから抜け出し冷蔵庫を覗けば、昨日のうちに匠が買い足していたのか食材がちらほら増えている。その中から俺はサンドイッチの材料を取り出し、数日前に買った耳なしのパンを取り出してサンドイッチを作った。出来上がった少しすると匠がソファーの向こうでむくりと起き上がっておはよう、早いなと言う。
「風邪はどうだ?」
「おかげさまでかなり良くなりました」
匠は俺のそばまで来ると掌を額に貼り付けた。
「…熱も、ないな」
「匠さん、今朝は朝食どうしますか?」
「少しいただくよ」
「はい!」
俺はたまごサンドとシーチキンサンド、野菜サンドを適当に皿に盛るとテーブルに置いた。匠も俺もいただきますと手を合わせて食事を開始する。
そうして残りの3日も平和に過ごし、俺が家に帰る日になった。
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