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第15話 心配くらいさせて欲しい
でも、あえてそこには触れない。……触れたくなかった。
アルロード様がオレをオメガだって認識したのは昨日の夜会での事だった。なのにもう父さんがどんな人に声をかけているのかまで知ってるのもびっくりだけど、わざわざ妻帯者に嫁がせようとしてるなんて聞くと、さらに気持ちは重くなる。
ただでさえ男と結婚するなんて勘弁して欲しいのに、第二夫人確定とかサイアクだろう。どう考えても十や二十は年上で話も合わないだろうし、奥さんや使用人からの目も冷たそうで、今から胃が痛い。
いやでも別に奥さんがいるなら、褥は最低限ですむかも。それは嬉しい。
ていうか、奥さんが嫌がったらもしかして褥はナシって事もありえるのか? でもそうなると逆にヒートの時は辛い思いをするのか?
この問題になると、どう転んでも自分が嬉しいのか悲しいのか、よく分からなくなる。
こんな事、考えなくて済めば一番いいのに。
何も考えず、流されるまま嫁いでしまえば、それはそれでいつの間にか時間が過ぎてたいしたことじゃないって思える日がくるのかもしれない。淡くそう期待していた。
……しまった、うっかり考え込んでしまった。
ハッとしていつの間にか項垂れていた顔を上げたら、俺よりも余程悩んだ顔のアルロード様がいて、オレは慌てる。
「すみません! 大丈夫ですから! ホントに心配しないでください」
オレの麗しの推しをオレごときの事で悩ませてしまうだなんて言語道断だ。そう思ったのに、アルロード様は寂しそうに微笑する。
「心配くらいさせて欲しい」
そのお顔がすこぶる美しくて、また初めての表情を間近で見ることができたという幸運に、心臓は勝手に踊り出す。
こんな泣きたい気分の時でも、アルロード様は微笑みひとつでオレの気持ちをギュンと引き上げてくれるんだ。
「アルロード様のおかげで、なんか元気出ました! きっとなんとかなります!」
根拠も何もないけど、アルロード様のご尊顔を見ていたら、本当になんとかなる気がしてきた。
もし結婚後の生活が辛くても、こんな風にたまにアルロード様のお顔を見ることができたなら、きっと元気でいられるのに。
いや待てよ?
高位貴族に嫁いで本当に護衛ができるなら、時々は遠目からでもアルロード様のお姿が拝めるのでは!?
普通に誰かの嫁になって邸の番人になるよりは、夜会だけじゃなく登城の時とかにも顔を合わせる可能性がなくもない!
それってだいぶいいんじゃない?
「よくよく考えたら、第二婦人で護衛、最高かもしれないです。オレ、父さんが頑張ってくれるの大人しく待ちます!」
元気よく言ったら、アルロード様はなんだか悲しい顔になった。
「けれど、大変な思いをするかも知れないし、その……ヒートの時とかは辛いかも知れないよ? 人生は長いのに」
「大丈夫です! 案ずるより産むが易しって言うし、オレ、くよくよするのやめにします」
これでもかってくらい元気に言ったのに、アルロード様はなおも心配顔だ。
オレなんかのためにそんなに胸を痛めなくても。
申し訳ない。なんとかアルロード様にも元気を出して欲しい。
けれどなんと声をかければいいものか。
迷ったあげく、オレはさっき思いついた特大の『希望』について話すことにした。
「えっと思ったんですけど!」
勢いよく声を出したら、アルロード様がオレを見つめてくれる。気遣わしげな目が労しい。
「ホントに高位貴族の護衛をできるチャンスがあったら、時々『あのお方』のお姿を拝見できるチャンスがあるかもしれないでしょう? 嫁として家の中に閉じこもってるより、絶対に楽しいと思うんですよね。だからそれも悪くないかなって」
一生懸命に言ったら、アルロード様の表情が少し優しくなった。
「ルキノは本当に『あのお方』が大好きなんだな」
「はい、もちろん!!! あのお方の笑顔を見ると悩みも忘れられるなって改めて思いましたんで、マジで大丈夫です!」
自信を持って答えたら、アルロード様が笑みを深める。
「そういえばルキノの『あのお方』は、結婚や婚約は……?」
「婚約者はいらっしゃらないですね」
婚約者を決めて欲しいと言ったら親に泣かれた、と困り切った様子で言ってましたもんね。
オレは心の中でそう呟きつつ、目の前の美しい顔を見上げる。
うん、やっぱり最高にカッコイイ。
「できれば『あのお方』には可愛くて優しい素敵な女性と幸せになって欲しいけど……それは単なるオレの希望なのでおいといて、あのお方が大切に思うお方なら、全力で応援したいです……!」
「そうか。ちなみに……ルキノの『大切なあのお方』は誰なの?」
「……っ」
あまりにも自然に尋ねられて、うっかり言いそうになった。
危ない。言えるわけがない。
「内緒です。これだけはアルロード様でも言えません」
アルロード様が寂しそうに微笑むから、オレはちょっと胸が痛んだ。
でもさ、結構オレ、バレてもしょうがないレベルの推し語りしてると思うけど、自分のことだとはこれっぽっちも思ってないの、逆に凄くない?
「そうか……ルキノは、『あのお方』と添い遂げたいとは思わないのかい?」
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