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第18話 オレなりの未来

父さんがチラ、と目線を向けると、心得たというようにマルセロが頷く。 「母さん、ソファに座ろ? このままだと兄ちゃんが話しにくいよ」 「そう、そうね……」 グスッ、グスッと悲しい音が聞こえて、母さんの腕にぎゅっと力が込められた。オレもギュッと抱き返したら母さんの嗚咽が酷くなってしまった。ごめん、母さん。 涙がなかなか止まらない母さんをマルセロが支えてソファに連れ戻してくれて、新しいお茶が運ばれてきたところで、オレは改めて話し始めた。 「まずは、騎士科に在籍したままにさせてくれてありがとう。おかげでオレ、やっと気持ちが落ち着いてきた」 「うむ」 「良かった……」 母さんがホッと息をつく。ちょっとは安心して貰えたみたいだ。 「それでオレ、ちゃんと将来の事について考えたんだ。実際のところヒートがあるから騎士どころか、どこかの護衛になるのも難しいと思う。かと言って、誰かの嫁になる覚悟も正直まだなくてさ」 「そうだよね……」 小さな声でマルセロが同意してくれる。 彼なりに、マルセロなりにオレの境遇を心配してくれてるんだろう。 「だから……父さんが結婚相手として、オレを護衛として扱ってくれそうな人を探してるって聞いて、ちょっと安心したんだ」 「なぜ、それを……!」 父さんが驚愕の表情を浮かべるけど、いったんそれは置いといて貰って。 「嫁と言いつつ実際は護衛ってのに納得してくれる人を探すのは難しいと思うんだけど、もしオレでいいって人がいたら、よろしくお願いします」 父さんに深々と頭を下げる。 父さんはきっと、オレよりもずっとたくさんの人に頭を下げて、色んな縁を辿っているんだろう。 オレが普通に騎士になっていたら、そんな苦労は必要なかった。 「ルキノはそれでいいのか。俺は……本当にそれでいいのか、ずっと迷っていた」 父さんが苦しそうな顔で呟いていて、オレは、父さんもずっと迷って悩んでいたことを知った。 「うん。でも、もし相手が見つからなかったら……オレ、冒険者になろうと思うんだ」 「冒険者だと……!」 「そんな、危険よ。町の外でヒートになって動けなくなったらどうするの! 命を落とすのよ!?」 「考えたんだけど、冒険者ならオメガでもなれない事はないし、オレはヒートも軽いし、そもそもヒートはある程度時期が決まってるから、自分で危険な時期は出かけないとか、対策できると思うんだ」 「でも、生活の保障もないのよ? それに野外で寝て、食事も自分で用意するのでしょう? お風呂も何日も入れないと聞くわ」 「それでも、身を立てることはできるし、誰かの役に立つ事はできると思うんだ」 「ルキノ……」 母さんはなおも心配そうに涙をぬぐっているけれど、父さんは何かを考えるように黙り込んだ。 僅かな時間のあと、父さんがゆっくりと口を開く。 「ルキノの考えはよく分かった」 珍しくオレの顔をまっすぐに見つめてくれるけど、その目が思いのほか優しくてびっくりした。 「まずはルキノの言うように、俺は引き続き護衛として受け入れてくれる御仁を探すとしよう」 「ありがとう!」 「もし相手が見つからなかった場合の事は、またアカデミーの卒業が近くなった時に改めて話そう。俺は冒険者も悪くないと思うが、今の時点で決めるのは早すぎるかも知れない」 「うん……」 「しかし、ルキノは強いな。俺がどうしたらいいかと右往左往して、どう声をかけたらいいのかと迷っているうちに、自分で前を向いて将来を考えるようになっていたんだな」 父さんのおっきな手の平が、オレの頭を優しく撫でる。 そんなのちびっ子の頃以来で、不覚にもちょっと涙が出そうになった。 「すごく親身になってくれた人がいて……いつまでも現実逃避してるわけにもいかないな、と思ったんだ」 「そうか、友達か?」 「うん……友達って言うか、すごく尊敬してる人」 「良かったな。本当に悩んでいるときに心の支えになってくれる人は貴重だ。大切にしなさい」 「うん……!」 父さんに励まされ、母さんにまたぎゅっと抱きしめられ、オレはちょっと安心して自室へと戻る。 自室に入ろうとしたところでマルセロが走ってきて、オレにホットミルクを渡してくれた。 優しくて気の利くマルセロは、本当は文官になりたかったんだって知ってる。 オレがこんなことになったもんだから、アカデミーでは騎士科に進もうか迷ってるらしくて、オレはなんだか申し訳ない気持ちもあるんだ。オレも人生変わったけど、家族も充分に人生変わっちゃったんだよな……。 「ありがとな。なんか甘い匂いがするけど、蜂蜜も入ってる?」 「うん。少し甘い方が良いかなと思って。……あのさ、兄ちゃん。僕にできる事があったら何でも言ってね」 健気なことを言ってくれる優しい弟に、申し訳ないやら嬉しいやらだ。 「あと、時間があるときで良いから、剣の稽古をつけてくれると嬉しい」 恥ずかしそうに笑う顔は愛嬌たっぷりだ。 マルセロだって変わってしまった未来への道に、ちゃんと真摯に向き合ってる。 オレもそうありたい。 素直にそう思った。

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