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第37話 もう惚気か
「まさかあなたを娘のように心配して送り出す事になるなんて思わなかったけれど……幸せになるのよ」
「大丈夫。アルロード様は超絶イケメンで非の打ち所がないお方だけど、何がすごいってそれだけ高スペックなのに性格がめちゃくちゃいいのが最高なんだよ。絶対大切にしてくれるから心配しないで」
「まぁ」
「もう惚気か。心配なさそうだな」
「だよね、兄さんったらアルロード様大好きだもんね」
家族みんなが屈託なく笑ってる。なんだかそんな光景をすごく久しぶりに見た気がして、オレはアルロード様に心から感謝した。
なのに。
オレは今絶賛そのアルロード様にめちゃくちゃに翻弄されている。
夜ベッドに入るまでは普通だったんだ。家族と笑い合って、祝福されて、久しぶりにお祝いのケーキなんか食べたりして。
食べすぎちゃったからちょっと素振りしてさ、風呂に入ってさっぱりして、ベッドに横になった途端。
ふわん、とムスクみたいな濃厚な香りがオレを包む。
「あ……」
これ、アルロード様の匂いだ。
そういえばアルロード様がこのベッドに身を横たえて、しかも枕にしっかり顔を埋めてたんだよな。
なんて考えていられたのは最初だけで、時間が経つごとにどんどん香りが濃くなっていくみたいに感じられてしまう。
あの発情期の時に感じたみたいに、香りを嗅ぐごとに身体の奥を震わせるような、酩酊するような感覚に襲われる。
「アルロード、様……」
ヤバい。
いい匂い。
もっと嗅ぎたい。
気がついたら今日のアルロード様みたいに枕をすんすんと思いっきり嗅いでいた。
身体が熱い。
あらぬところが熱を持って、後ろの穴まできゅんとする。
「……ヤバ、なんで」
発情期まであと数日はある筈なのに。
でもこの感覚、絶対にヒートになろうとしてる。
「……っ」
震える身体で起き上がり、剥ぎ取ったシーツを身体に巻いて枕を抱いたまま部屋を出る。
よろめきながら階下に降りたら、まだ父さんと母さんが起きててくれてホッとした。
「ごめん、オレ、ヒートが……悪いけどいつものホテル、手配して……」
「ヒート!? 大変、あなた!」
「任せろ」
ふたりの声を聞いて安心したのか、ちょっとだけラクになった気がした。これならホテルまでもつかも。
目を閉じて呼吸もできるだけ少なめにして気持ちを落ち着ける。
「ああルキノ、こんなに早くヒートが来てしまうだなんて」
「ごめん、母さん……」
「違うのよ。実はね、次のあなたの発情期には公爵家にも連絡が欲しいと言われていたの。もうあなたに発情期の辛い思いをさせたくないって」
それって……?
ああもう頭が回らない。
「明日にでもあなたがどうしたいか聞くつもりでいたのよ。婚約が整ったアルファとオメガならば、確かに婚約者と発情期を過ごすことは普通だそうよ? けれど」
「馬車の用意ができた。動けるか?」
コク、と頷けば父さんがオレを抱き上げてくれる。
馬車にそっと乗せられて、あとはホテルに着くまで我慢するだけだ。毎回手間も金もかけさせてしまって家族には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
けど、家族がいるところでみっともない姿はどうしても見せたくなかった。
ホテルに着いたら、思いっきりアルロード様の香りに包まれて幸せな時間が過ごせる。それまでなんとか我慢しなくちゃ。
腕の中の枕をギュッと抱きしめた。
「ルキノ」
「……?」
そっと目を開けたら、父さんが心配そうな顔でオレを見てる。
どんどんヒートが進行してきて意識が朦朧としてきてるから、一刻も早くホテルに行きたいのに……。
「お前が嫌ならば公爵家には伝えない。まだ今日婚約が成ったばかりだ。アルロード様はすぐにお前と番いたいようだが、お前が無理をすることはないんだ」
「アルロード、様……」
そのお名前を聞くだけで多幸感に包まれる。
「そうだ。さっき母さんも言っていただろう? お前に発情期がきたら駆けつける、とアルロード様が仰っていたそうだ。だが……」
「アルロード様に、会える……?」
「あ、ああ、公爵家に連絡すればな。お前はそれでいいのか?」
「アルロード様に会えるの、嬉しい……」
「……そうか」
「着いたら御者が起こしてくれるわ。少し眠りなさい」
「うん……」
父さんと母さんの声が遠くに聞こえて、オレは枕を抱きしめたまま目を閉じた。
いくらヒートでも、父さんと母さんの前でみっともない姿は見せたくない。でも抱きしめた枕から、体に巻き付けたシーツから、アルロード様の香りが漂ってきて、思考はどんどん削られていく。
それでも、一度このかぐわしい香りを感じてしまうと、手放すなんてできなかった。
目を閉じて、もう少しだけ我慢すれば。
そう思うけれど、もう馬車の振動すらも辛くて。
早くついて欲しい。
いつもよりも道のりが長く感じるのは、すでにヒートの症状が強く出ているからなのか。
はぁ、はぁ、と荒くなる息をこらえ、太ももをもじもじとこすり合わせて耐える事どれくらいか。
ようやく、馬車の振動が止まって、オレはホッと息をついた。
こんなに体が疼いているのに眠るだなんてとてもじゃないけど無理で、一刻も早くこの疼きをなんとかしたい。
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