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四日目・金曜日

『カードゲームはどうだ?四組がテストプレイしてくれていると聞いたが、参加者八名に三日目が終了した段階で楽しいかどうか、続けたいかどうか、聞いてみてくれ』  昨晩遅くに、叔父からメッセージが届いていた。 『了解』とだけ返信し、今朝まず、サッカー部の奴らに感想を尋ねる。  答えは揃いも揃って「楽しくない。面倒くさい」だった。アルバイト代金がもらえるのに、この言い草だ。  きっと世の中、マッチングした程度の相手に面倒くさがる男も女も多くいるだろう。仕事ができる叔父のことだから、結果を踏まえ、簡略版なども考え出すかもしれない。  生徒会室へ向かい、朝のカードを引く前のユウキにも尋ねてみた。 「ユウキはさ、このカードゲーム、楽しい?朝、昼、放課後の三回を八日間なんて、このまま続けられそう?」 「とても楽しいよ。僕は最後まで続けたいな」  練習着から制服に着替えるオレの前で、照れたように俯いて、そう答えてくれた。  あとで叔父に『楽しくない人六名、楽しい人二名』と送信しておこう。 「さて。カードを引くか」  楽しいという答えをもらい、オレの声も心なしか弾んでしまった。  それに、四日目ともなると、今まで入ったこともなかったこの生徒会室にも、随分と馴染んできた気がする。 【ハイタッチをする】  オレが右手を掲げると、ユウキがパチンと音を立ててタッチしてくれた。  あまりに良い音が鳴り、二人でクスクスと笑い合う。しかし、最短時間でミッションは終わってしまい、オレとしては少し物足りない。 「ねぇ、レイヤくんは、どうして僕とこのゲームをしてくれているの?サッカー部の人としようとは、思わなかったの?」  ユウキがそう思うのも不思議じゃない。オレたちはもう何年も交流が無かったのだから。 「いいきっかけだと思ったんだ。中学も高校も同じなのに、ユウキとは全然喋らなくなっちゃっただろ。だから、また仲良くなりたいってずっと思ってた。でも、毎日サッカーに追われて、きっかけがなくて。だから叔父さんのこのゲームには感謝してる。このヘンテコなエンジェルの絵にもさ」  つい素直に伝えてしまった理由に、ユウキが大きく目を見開いた。 「そうだったんだ……。ありがとね。レイヤくん」  目をウルウルとさせ、感激したような笑顔をオレにくれる。もしかするとユウキも、きっかけを探ってくれていたのかもしれない。  なんだか照れてしまったオレはつい意地悪を言う。 「だけどさ、まだゲームを完遂できるかは、わかんないぞ」 「え?」 「とんでもないカードが出るかもしれないだろ、これからさ」 「とんでもないカード……」  オレの意地悪にユウキは黙ってしまった。フォローしようとしたけれど、本鈴の時間が迫っていることに気が付き、二人で教室へと走った。  階段を走り降りながら、【キス】のカードが出たとき、今のようにユウキが黙り込んでしまったら、オレはどうすればいいのだろう、と不安な気持ちになった。 —  昼休み。  また邪魔者が現れた。いや、冷静に考えれば、生徒会とは全く関係ないオレのほうが邪魔者なのだが。  オレが生徒会室へ行くと、生徒会長のマコトがユウキと書類の束を片手に話し込んでいた。 「あぁ、レイヤ。どうした?私に何か用か?」 「違う違う。オレはユウキに用があんの。マコトは関係ない」 「二人は知り合いだったのか?」  それにはユウキが答えてくれる。 「うん。レイヤくんとは幼稚園や小学校の頃から、ずっと友達なんだよ。中学も一緒だったんだから」 「へー、それは知らなかった。レイヤ、少し待っていてくれ。定例会議の打ち合わせがあるんだ」 「ヘイヘイ」  オレは、少し離れた椅子に座り、学食のパンを広げ勝手に食べ始める。ユウキがずっと友達だったと口にしてくれたことを幸せに思いながら、甘いクリームパンを味わう。  しかし、いつまで経っても二人の話は終わらない。 「これらブースの概要を皆に伝えて、承認を得よう。できれば担当者も決めてしまいたい」 「でも、これぞっていう目玉がないよね。ポスターを作るまでには、そこを決めないと」  オレはパンを食べ終わると、段々と退屈してくる。せっかく部の仕事が一つもない昼休みだったのにと、少し拗ねた気持ちも顔を出す。  机の上に突っ伏して、二人の会話を子守歌に、目を閉じる。  今日の朝練もハードだったから、睡魔が襲ってきた。ヒョロヒョロに痩せているマコトが寒がりなせいか、暖房が入っていることも、オレの眠気を誘うのだ。  ウトウトとしていると、目の前にトコトコトコトコと小さなユウキがやってきた。四歳くらいだろうか。  その隣には、小さなユウキよりも更に背の低いオレがいる。そうだった。小学五年生くらいまで、オレのほうが背が低かったのだ。チビのオレは、幼稚園でいつもユウキの後をついて回っていたらしい。  目の前のオレがコテンと転んでビービーと泣き始めた。慌てて手を差し伸べようとするが、小さなユウキが駆け寄って起こしてくれた。 「だいじょうぶだよ。レイヤくん」  そう言って、オレの頭を何度も何度も撫でてくれる。泣いていたオレの顔が、段々とニコニコしてきて、挙げ句の果てに「もっとなでて」と小さなユウキに要求していた。 「うん」  図々しい頼みに可愛く頷いて、小さな手でオレの頭を「いいこいいこ」と撫でてくれる。小さなオレもユウキの頭に、手を伸ばす。けれど、オレのほうは上手く撫でることができず、ユウキの髪をただくしゃくしゃにしているようにしか見えない。  それでも、互いに頭を撫で合う仕草は、オレをたまらなく温かい気持ちにしてくれた。  ふと、意識が浮上すると、隣には高校生に戻ったユウキがいた。高校生になったユウキも、オレの頭を撫でてくれている。  だからオレも彼へと手を伸ばし、そのクルクルとした癖毛に触れた。柔らかく細い髪は、フワっとしていて、触り心地がいい。  手を止めてしまったユウキに、図々しくオレは言う。 「もっと撫でてよ、ユウキ」  フフフと笑ったユウキは「小さな頃みたいだね」と、もう一度オレの頭を撫でてくれた。  その時、校内放送が入る。どこかの誰かが、数学教師の佐藤に呼び出しをくらったようだ。  オレは完全に夢から目覚め、現実へと帰ってきた。 「あぁ、悪い。なんか夢見てたから、寝ぼけた」  そんなオレにユウキはカードを見せてくる。 【頭を撫でる】 「レイヤくん。小さな頃みたいで、可愛かったよ」  恥ずかしくなったオレは、プイと横を向くしかできなかった。 —  金曜日は生徒会の定例会議があるという。  カードが入ったプラスチックケースは、一旦ユウキの通学カバンへと仕舞われた。 「きっと僕の会議ほうが早く終わるから、正門のところでレイヤくんを待ってるね」 「悪いな。オレも今日の練習には監督が来ないから、そんなに遅くならずに終わると思う」  そんな約束を昼休みの終わりにした。  辺りが暗くなるのは早く、正門で合流できたときには、空は真っ暗だった。  オレたちは二人とも電車通学で、最寄り駅も一緒。オレのほうが駅に近く、ユウキの家は更に十分ほど歩いたところにある。 「とりあえず、カード引くのは駅まで帰ってからにするか」  コクリとユウキが頷いた。  駅までの道のりでは、なんてことのない話をした。教師の噂話や、ユウキが最近読んだ本の話。オレもサッカー部のチームメイトがどれだけバカかという話を披露する。  くだらない話をしながら、二人並び歩幅を合わせ歩く。それは中学三年間も、高校に入ってからも、一度も実現していなかったことだ。  だからオレは機嫌よく喋り続けた。  最寄り駅の前にある噴水のある公園に行き、二人でベンチに座った。  通学カバンからユウキが大切そうに、プラスチックケースを取り出してくれる。 「よし引くか」 「うん」  気分のいいオレは、今ならどんなミッションが出てもいいような気がした。もし【キス】のカードが出て、もしユウキが嫌がっても、臨機応変に対応できるだろう。  例えば「キスは保留にしよう」と、そんな大人な提案をし、ゲームを続けることを優先させればいいのだ。  今のオレには、それくらい心に余裕があった。   【三分間手を繋ぐ】 【キス】と同じくらいドキドキするカードだ。それでも、ユウキが嫌悪した様子はない。  こんな時間の公園は当然、人の気配がなかった。街灯だって少ない。男子高校生二人が制服でベンチに座って手を繋いでいたって、全く目立たないだろう。  オレはあえて、タイマーをセットしなかった。 「ん」  ただそう言って、右手を差し出せば、ユウキは黙って左手を繋いでくれた。その手は温かくて柔らかい。初冬の冷えた夜に、オレの心をポカポカにしてくれる。  三分を過ぎた頃、オレはフワっと握っていたその手に、ギュッと力を込めてみた。そしたらユウキも、同じような力で握り返してくれた。  これがカードゲームの指示じゃなかったら、どれだけよかっただろう。  大ぴらに付き合ったりしたい訳じゃない。こうして、こっそりとでいい。男女のカップルが初々しく照れながらするようなことを、オレはユウキとしたいとずっと思っていたんだ。  オレたちは、たぶん十分以上、こうして静かに手を繋いでいた。 「ワンワン、ワン」  公園の入口から凄い勢いで犬が走ってきた。 「おい、待て待て、どうしたんだジョン!」  その声を聞いて、ユウキの手がオレから離れる。ベンチから立ち上がったユウキは「ジョン」と犬に向かって呼びかけた。 「なんだ、ユウキくんが居たから、ジョンは走ったんだな。びっくりしたよ、急にグイグイと突進するから」 「ありがとう、カケルさん。ジョンの散歩をしてくれて」 「いや、おばさんが今日はユウキくんの帰りが遅いっていうから。こちらは?」 「サッカー部のキャプテンのレイヤくんです」 「そうなんだ。今年のサッカー部は強いらしいね。頑張ってね」  上から目線でそう言われ、「はい」と小さく返事をする。 「じゃ、帰ろうか。ユウキくん」 「うん」  ジョンも「ワン」と大きな声で返事をする。 「では、レイヤさん、また明日」 「あぁ、また明日」  さっきまで気にならなかった北風が、オレに向かって強く吹いてきた。  オレは、彼らの後ろ姿を睨みつけながら、その姿が見えなくなるまで見送る。  暗い中でも、あの男が、ユウキの写真フォルダの散歩写真に写り込みまくっている人物だということは、よくわかった。  醜い嫉妬心を抑えることは、思った以上に難しいと思い知る夜だった。

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