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第4話 冷たい会議
数日後。
会議室の空気は重く、ただでさえ暑いはずの夏なのに、冷房が効きすぎているかのように背筋が冷えた。
斎藤は例によって腕を組み、余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
「まあ、こういう話は“できる会社”なら簡単に解決できるんですけどね。神谷社長、どうです? 例えば、あの“如月怜央”を押さえるくらい、御社ならできるでしょう?」
会議室の端にいた部下が小さく息を呑んだのがわかった。
如月怜央──いま最も注目を浴びる俳優。
ドラマも映画も引っ張りだこで、どの事務所も出演交渉に苦労している存在だ。
そんな彼を、このタイミングでねじ込めと言うのか。
わざとだな……完全に俺を試し、潰そうとしている。
斎藤は視線を逸らさず、さらに畳みかけてきた。
「まあ、やれなければ“その程度の会社”ということです」
挑発に満ちた言葉。
唇を噛みそうになるが、俺は耐えて声を整えた。
「……ご要望は承知しました。ただ、現実的に調整が難しい案件です。まずは代替案を──」
「代替案?」
斎藤が冷笑を浮かべる。
「逃げ口上ですね。結局、やれないんでしょう? 御社には失望しましたよ」
ここで引けば完全に主導権を握られ、会社の信用も落ちかねない。
だが、如月怜央の起用など、正面から挑んで叶う話ではない。
会議室を出たあと、廊下で深く息を吐いた。
*
夜、自宅のリビングで資料を整理している俺の隣で、遥がソファーに座ってこっちを見た。
「拓実、その件、俺ちょっと考えたんだけど」
「考え?」
遥が目を向け、にやりと笑う。
「俺、如月怜央と取材で接点があったんだ。覚えてるだろ、記事にしたときのこと」
「ああ、確かに。あのときは手強い相手だったって言ってたな」
「そう。あの人、記者やメディアを信用してねぇからな。けど、俺は少し信頼を得られたつもり。たまに相談に乗ったりもしてるし」
「……は? 相談?」
以前、スマホに届いたメッセージを見かけたことを思い出す。あの時は取材相手からの相談だと遥は言っていた。
「まさか、お前、あの如月怜央とプライベートでやりとりしてんのか……?」
「……うん」
「すげえな……。普通に驚いたわ」
「だからと言って、確約はできねぇけど。直接本人と話をしてみようかと思う」
遥が如月怜央と仲良くなってたとはな……。
「……しかし、如月怜央クラスを動かすのは簡単じゃねえぞ」
「わかってる。でも、このままだと拓実が潰されるじゃん。やってみる価値はあるんじゃね?」
遥の声は落ち着いているけど、説得力がある。
「……やれると思うのか」
「うん、やるよ」
俺は小さく息を吐き、肩の力を抜く。
「……わかった。任せる」
「おう」
遥はそう言って、スマホを手に何やら真剣な表情を浮かべている。
「……」
何度か画面を見ては、指を動かし、またため息をつく。
「如月怜央に連絡してるのか?」
「うん。でも返事はすぐには来ないかもな。あの人、基本的にマスコミを避けるし、慎重だから。でも……俺の話なら聞いてくれるかなって」
遥を信じるしかないか……そう思った時。
「……あっ」
「どうした?」
「拓実、これ見て」
遥が小さく笑みを浮かべながら俺にスマホを見せてきた。画面には短い返信があった。
"遥くんの話を聞こうと思う。近日、直接会える時間を作るよ"
差出人の名前は、如月怜央。
「……まさか」
俺は言葉を失った。
遥は涼しい顔でスマホを伏せ、俺に向かって言う。
「拓実。これって転機だよな」
胸の奥で、何かが大きく動き出す音がした。
*
夜の寝室。
ベッドに並んで横になると、遥が枕に顎をのせ、スマホをいじっていた。
「おい……遥、寝ないのかよ」
「ちょっと待て、返信だけ」
「如月怜央か?」
「……まあな」
俺は枕から上体を起こし、横から画面を覗き込むと、遥は慌ててスマホを伏せた。
「ちょ、見るなよ!」
「……怪しいな」
「怪しくねえ!」
「お前、ベッドでは俺以外のこと考えんなよ」
俺は手を遥の肩から背中、そして腰へと滑らせる。
「ちょ、拓実……やめろって」
「今は俺だけ見ろよな」
布団の中で遥を軽く押し付け、触れるたびに小さく身体を揺らす。
「……お前、反応わかりやすいな」
「拓実の前だからだろ」
布団を引き寄せて顔を隠す遥。
俺はそっと布団をめくり、顔を覗き込む。
「かわいい」
「は!? やめろ、見んな」
「俺にだけそんな顔すんの、最高だな」
耳元に唇を寄せて低く囁くと、遥は小さく息を漏らし、身体をびくっと震わせた。
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