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第11話 お前から目が離せない
プロデューサーたちとの会話は順調に進む。
軽口を交わしながら、次の企画やスケジュールの話へ移っていく。
俺は輪の中心にいながらも、自然と遥の方に視線が向いていた。
「一ノ瀬さん、こういう場って初めて?」
ディレクターの一人が気さくに遥に声をかける。
「はい。普段は編集部で働いてますけど、今日は勉強のために神谷社長に同行させていただきました。まだ慣れてなくて……足引っ張らないように気をつけます」
言い方は丁寧なのに、変に構えてなくて自然。
そういうところが好きだ。
「そっか。じゃあ今度、現場にも顔出してよ」
別のプロデューサーが笑いながら言うと、遥はちょっと照れたみたいに口元を緩める。
その仕草ひとつで空気が和らいで、周りもつられて笑っていた。
――あいつは自然と人を惹きつけるんだよな。
その時、会話の輪に外国人男性が近づいてきた。
モデルか何かだろうか、顔もスタイルもいい。
身振り手振りを交えながら、にこやかに遥に話しかける。
「Are you…with Takumi Kamiya? Very charming, by the way.」
(神谷拓実の付き添いですか? 魅力的ですね)
遥は一瞬だけ俺をちらりと見た。
でもすぐに柔らかい笑顔を作り、淀みなく英語で返す。
「Yes, I’m here with him. Thank you.」
俺がいないと、やっぱり少し気になるのか。
……いや、気にしてんのは俺か。
俺の隣にいるはずのあいつが、他の男に話しかけられている。
少し嫉妬混じりの熱が、じわじわと体の奥に広がる。
頼もしい対応をする遥に少し安心する一方で、胸のもやもやは消えなかった。
……やっぱり、あいつの視線は俺だけに向けてほしい。
そんなことを考えていると、パーティーの喧騒が少し落ち着いたタイミングで、田中がそっと声をかけてきた。
「神谷社長、この後ちょっとお時間あります? 会場のバーなら、もう少し落ち着いてお話できると思うんですが」
すぐ横で、華園社長が笑顔で乗ってきた。
「私もご一緒していいかしら? 静かな場所の方が、色々聞けそうだもの」
……正直、気分は乗らない。
でもこのタイミングで断るのも変だし、空気を悪くするのも面倒だ。
「……いいですよ。一ノ瀬、行こうか」
ちらりと視線を向けると、遥は一瞬きょとんとして、それから「はい」と小さく頷いた。
その素直さが、やけに可愛く見えてしまう。
こうして俺と遥、華園社長と田中の四人で、会場の片隅にあるバーへ移動することになった。
照明を落としたその空間は、さっきまでの華やかな雰囲気とは違い、ぐっと大人っぽくて静かだ。
カウンター越しにバーテンダーがグラスを磨き、シェイカーの音が乾いたリズムを刻んでいる。
「……緊張してきた」
小声でそう言ってくる遥に、「大丈夫だよ。俺がいるから」とわざと余裕ぶって返す。
カウンター席に腰を下ろすと、並べられたグラスの中で琥珀色の液体がライトにきらりと光った。
「じゃあ、改めて――今夜に乾杯しましょう」
華園社長がグラスを掲げ、俺たちも軽く合わせて口をつける。
すぐに田中が、自然な流れで遥へ話を振った。
「一ノ瀬さん、神谷社長の隣にいると、結構目立ってましたね」
「……そ、そんなことないです」
「いいえ、事実ですわ」
華園社長が面白そうに笑って、グラスを軽く揺らす。
「まあ、優秀だからこそ、俺の側にいるんです」
そう言うと、田中はちらっと俺を見て、肩をすくめる。
遥がふと俺を見上げる。視線が一瞬絡み、互いに何も言わないまま時間が止まったように感じる。
「……神谷社長って、独占欲強いんですね」
華園社長がくすくす笑う。
田中はグラスを口に運びながら、ゆっくりと遥を見据える。
「少し、羨ましくなりますね」
声は穏やかだが、言葉には微かな熱がにじむ。その目は遥から逸れなかった。
「神谷社長の実力も人望も、僕は尊敬しています。そんな人に大事にされる一ノ瀬さんは、やっぱり特別なんでしょうね」
……確かに特別だ。でも、変に勘繰られたくはない。
「まあ、そういうもんだよ」
俺の一言に遥の手がグラスの縁で止まり、視線が一瞬こちらを探す。
その小さな仕草さえ、田中は見逃さずに口の端を上げた。
「正直、僕が社長の立場でも、隣にいてほしいくらいです」
田中はわざと俺へ視線を流す。
――俺の隣にあるものを、奪ってやるとでも言うように。
その微妙な間を縫うように、華園社長が軽く微笑み、グラスを傾けた。
「神谷社長はいつでも余裕なのね……さすがだわ。そういうところ、本当素敵ね」
肩をわずかに内側に寄せ、首をかしげるその仕草に、胸がざわりと熱くなる。
目の前の距離感は自然なのに、やけに“近い”。
隣で遥がふと眉をひそめ、小さく息を呑むのが見えた。
胸の奥でじんわり火が灯り、熱が広がっていく。
俺はグラスを傾けるふりをして、その熱を隠すようにゆっくりと息を吐いた。
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