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第12話 今日の疲れは、俺の腕の中で
パーティーとその後のバーでの時間を終え、ようやく解放された。
タクシーで送ってもらった帰り道、玄関を開けた瞬間にどっと疲れが押し寄せる。
「はぁー……疲れたぁ!」
遥は靴を脱ぎ散らかして、リビングのソファーにそのまま倒れ込む。
ネクタイを緩めてだらんと腕を投げ出す姿に、思わず笑ってしまった。
「お前、帰ってくるなりそれかよ」
「だって……今日一日緊張しっぱなしだったんだってば」
ぐったりした声で天井を見ながら、遥が弱音を吐く。
俺もジャケットを椅子にかけて、隣に腰を落とした。
ソファーに沈み込む感覚と、すぐ隣にいる遥の熱が心地いい。
「でも、ちゃんとやれてたじゃん」
「え?」
「プロデューサーたちとも普通に話してたし、英語だってすぐ返してたし。……俺、ちょっとびっくりした」
「なにそれ、褒めてんの?」
「当たり前。めっちゃ助かった」
そう言うと、遥が照れたみたいに小さく笑う。
「でもさ」
俺はわざとらしく体を傾けて、ソファーに横たわる遥に近づいた。
「お前、あの外国人とやり取りしてる時……俺のこと見ただろ?」
「えっ……だって、ちょっと不安だったし」
「ふーん。不安、ねぇ」
口の端が自然に上がる。思わず、遥の額を軽く指でつついた。
「なにすんだよ」
むっとした顔で俺を見上げてくる。
「可愛いってこと」
そのまま頬に触れる。少し冷たくなっていて、つい自分の体温を移すように撫でた。
「……拓実、やめろよな」
小さな声で抗議しながらも、逃げようとはしない。
「やめない」
わざと低い声で囁いて、額に軽く唇を触れさせる。
「ちょ、近いって……」
焦ったように身じろぎする遥をソファーに軽く押さえ込む。
「俺のことチラチラ見て、緊張してたくせに」
「そんなに見てねえよ!」
「嘘。さっきもバーで、俺のこと見てただろ」
遥は完全に言葉に詰まって視線を逸らす。
それがまた、たまらなく可愛くて。
「ほらな」
笑いながら、今度は首筋に軽くキスを落とす。
「ひゃっ……!」
小さく肩をすくめて声を上げる遥。
「なにその声。……もっと聞きたい」
「バカ……っ」
その反応が楽しくて、つい頬や耳に何度もキスを散らす。
「もう、疲れてんのに……」
小さく笑いながら抗議する声も、頬を赤らめる仕草も、全部愛おしい。
「いいじゃん。疲れ取れるかもしんねえし」
「そんなわけ……」
言いかけて視線を伏せる。その照れ隠しの横顔を見ながら、胸の奥がじんわり温かくなる。
――なのに、ふと脳裏をよぎる。
さっきバーで、遥に向けられていた田中の目。そして、意味深に笑っていた華園社長。
気づけば、遥を抱き寄せる腕に力がこもっていた。
「拓実?」
不思議そうに俺を見上げる遥。
「……いや、なんでもない」
首を振り、強引に笑みを作る。
せっかく二人きりの時間なのに――あの二人の顔が浮かぶのが、妙に気に入らなかった。
「……シャワー浴びてくる」
起き上がった遥は、視線を逸らしたまま立ち上がる。
「おい、逃げんなよ」
「逃げてねぇし。ただ汗かいたし……」
「俺だって汗かいてんのに」
俺がじとっと睨むと、遥はタオルを手にしてそそくさとバスルームへ向かう。
「一緒に入るとか言わねぇよな?」
「言わねぇよ。でも……俺はその方がいいけどな」
「バカか」
振り返りざま、ちょっとだけ視線が合った。
「……後で、ちゃんと相手すっから」
小声で言い捨てるようにして、すぐにドアの向こうへ消えていく。
バスルームのドアが閉まる音が妙に響いて、俺は思わず苦笑した。
ソファーに背を預けて息を吐き、スマホを手に取る。
画面には、華園社長からのメッセージ通知が光っていた。
――“今夜は楽しかったわ。またゆっくりお話ししましょう”
「……はぁ」
眉がわずかに動き、指先でスクリーンをなぞりかけて、やめる。
既読はつけずに、画面を伏せてテーブルへ置いた。
しばらくして、バスルームのドアが開く。
濡れた髪をタオルで拭きながら、白いTシャツ姿の遥が戻ってきた。
頬がほんのり赤く、シャンプーの匂いが漂う。
「……何してんの? そんな顔して」
不思議そうに首をかしげられ、俺はそっぽを向いた。
「だって、お前……逃げただろ」
遥が苦笑しながら隣に腰を下ろす。
その瞬間、体温と匂いが一気に近づき、余計に拗ねた気持ちが膨らむ。
「……逃げてねえし。ただ、顔熱くなって……恥ずかしかっただけ」
その一言で、胸の奥がほどけていく。
「なら、ちゃんとこっち来いよ」
「……はいはい」
渋々みたいに言いながら、遥が俺の肩に体を預ける。
「やっぱり遥は可愛い」
「……言うなって」
軽い体温が伝わってきて、思わず笑ってしまった。
スマホに残る華園のメッセージなんて、どうでもよくなる。
――俺が欲しいのは、目の前のこいつだけだ。
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