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第15話 油断できない日常と、カフェでの決意

俺はカップを握りしめ、静かに息をつく。 「……なるほど、色々と利点は理解しました」 声に少し力が入る。 「しかし、華園社長。あなたとはそういう関係になるつもりはありません」 華園社長は一瞬、眉を軽く上げる。 しかしすぐに柔らかな笑みを浮かべ、まるでその拒絶を想定していたかのように静かに頷く。 「……そう」 今までは、仕事や立場を理由に少しはぐらかしてきた。でも――ここできちんと答えないと、誤解を招く。 「はっきり言います。俺が大事にしたいのは、一ノ瀬遥なんです。恋人として一緒に生きていきたいと思っている相手です」 声は低く、しかし確かな意思を込める。 「誰にどう見られても構いません。俺は遥を手放すつもりはないし、彼以外を選ぶことはありません」 そう言うと、華園社長は口元に手を添えて、楽しげに微笑む。 「ふふ、やっと白状しましたわね。私の言葉で動揺するかと思いましたのに」 挑発するような口ぶりに、俺は目を細める。 「……最初から、試していたんですか」 彼女は肩を竦め、あっけらかんと答えた。 「ええ。貴方がどれだけ一ノ瀬さんを想っているか、確かめてみたくて」 なんだよ、それ……。 力が抜け、俺は椅子の背にもたれかかった。 胸の奥に張り詰めていたものが、ようやくほどけていく。 「……まったく、人を振り回すのが上手いですね」 俺が小さくため息をつくと、華園社長は楽しげに目を細めた。 「仕方ありませんわ。昔からそういう性分なのですもの。それに――神谷潔さんにも、同じように鍛えられましたから」 その名前が出て、一瞬、息が止まる。 「……祖母を、ご存知で?」 「ええ。数年前に随分とお世話になりましてね。潔さんには、恩がありますの。だから、貴方を見ていると放っておけなかったんです」 ……ばあちゃんの、知り合い……。 「ちょっと待ってください。色々と繋がってきました……。つまり、ずっと俺のことを気にしてくださってたんですか?」 俺の声は少し驚き混じりだが、同時に心の奥で安堵も芽生えていた。 「もちろんですわ。貴方が一ノ瀬さんを大切にしているか、そして自分の判断で動けるかを知りたかったのです」 俺はカップを軽く握り直す。 「……なるほど、だからこの場所だったのか。ばあちゃんのカフェなら、安心して話せる、と……」 「その通りですわ。ここならプライバシーも守られますし、少しでも貴方が緊張せず、素直な気持ちを示してくれるかと思いまして」 胸の奥の張り詰めたものが、ゆっくりとほどけていく。 俺は目の前の華園社長を見つめながら、静かに頷いた。 「……わかりました。ご心配、ありがとうございます」 華園社長は軽く笑いながらも、視線は真剣だった。 「ビジネスパートナーとしてのお話は、もちろん検討してくださいね。お互いに利益になる提携であれば、前向きに進められると思いますわ」 「はい、もちろんです」 軽くうなずく俺に、彼女は少し身を乗り出して、声のトーンを変えた。 「……それはそうと、少し注意しておきたい人物がいますの。一ノ瀬さんに絡んでいたマーケティア・エージェンシーの田中という男です」 「田中……」 名前を聞くだけで、どこか嫌な気配が脳裏をかすめる。 「彼は、立場のある人間に近づくのが得意で、自分の利益のために動くタイプ。そして、他人のものを奪う癖がありますの。要注意人物ですわ」 その言葉に、俺は自然と背筋を伸ばす。 「……わかりました。警戒しておきます」 華園社長はにっこり笑い、軽く肩をすくめる。 「ただ、これも事前に知っておけば心配することも少なくなるでしょう? 私は貴方に、余計な手間やトラブルに巻き込まれてほしくないので」 「……ありがとうございます。田中のことは、軽く見てはいけませんね」 華園社長は肩をすくめ、柔らかく微笑む。 「ええ。事前に知っていれば、対策も立てやすいですもの。すべてを一度に背負い込む必要はありませんわ」 俺は少し前のめりになり、真剣な表情で彼女を見つめる。 「……助かります。貴重な情報をありがとうございます」 華園社長はにっこり笑い、軽く手を振った。 「ふふ、そう言っていただけると嬉しいですわ。でも神谷社長、油断は禁物ですのよ。田中のような人物は、思わぬタイミングで現れますから」 胸の奥が引き締まる。俺の心の中で、決意が固まった。 「……十分に注意いたします」 華園社長は視線をこちらに向け、柔らかく微笑む。 「ところで、もう少しくだけた話し方にしてくださらない?」 「えっ……いいんですか?」 「もちろんよ。私のことは“レイラ”と呼んでくださいな」 俺は少し間を置き、軽く微笑む。 「……はい。レイラさん」 「ちゃんと呼んでくださるのですね。嬉しいですわ」 「……からかわないでください」 カップを置き、俺は軽く息をついた。

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