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第26話 ★光と記憶 1.初めて知る温もり

★光と記憶〜毒家族の野望、愛がすべてを覆す〜 side 一ノ瀬 遥 拓実に誘われ、夜一緒に食事をすることになった。 テーブルの上には買ってきたデリが並ぶ。 「実はさ、来週両親がニューヨークから帰ってくるんだ」 ふいに拓実が口を開く。その視線が自然にこちらを捉えている。 「そうなんだ」 “両親”という言葉に、胸の奥が少しきゅっと締め付けられる。 俺の微妙な反応を察したのか、拓実は優しく笑った。 「今回は少し長く日本に滞在するらしい」 「じゃあ、結構ゆっくりできそうだな」 「うん。せっかくだし、遥にも会ってほしいんだ」 「えっ、俺……?」 「もちろん。俺にとって大切な人なんだから。紹介したい」 低い声でそう言われ、視線をそらす。 嬉しさと同時に、まだ知らない世界に踏み込む不安が胸をかすめる。 「……ちょっと考えてみる」 「考えるんじゃなくて、決定」 さらりと言い切る拓実の笑顔に、観念したように小さく息を吐いた。 * そして数日後。 拓実のマンションに着き、玄関で靴を脱ぐ。 「ありがとうな、遥」 「あぁ、うん」 ふと視線を落とすと、磨かれた床に揃えて置かれた男女の靴が二足。 拓実のものではない――つまり、ご両親がもう到着されているのだと直感する。 途端に、心臓が跳ねるように早くなった。 「遥、緊張してる?」 低く落ち着いた声が耳に届き、思わず肩がすくむ。 初めて会う、拓実の両親。俺にとっては遠い存在のはずの人たちだ。 「……そりゃ緊張するだろ」 苦笑しながら答えると、振り返った拓実は、いつもと同じ穏やかな笑顔を見せていた。 「大丈夫だよ」 それだけで、少しだけ息が楽になる。 「あら、こんにちは」 ふと奥から明るい声がして、女性が現れる。その朗らかな雰囲気に、緊張していた心臓がさらに跳ねた。 「母さん。こちら、一ノ瀬遥」 この人が拓実のお母さん…… 紹介され、慌てて深く頭を下げる。 「初めまして。一ノ瀬と申します」 すると母親は手を振り、にこにこと笑った。 「まあ、そんな丁寧にしなくても。遥くんのことは拓実からメールでよく聞いてるのよ」 思わず隣の拓実を見ると、彼は少しだけ照れくさそうに母親をたしなめていた。 「ちょ、母さん。あんまり余計なこと言うなよ」 その顔が新鮮で、同時にくすぐったい。 リビングに通されると、ソファーでタブレットを眺めていた男性が顔を上げた。 拓実によく似た目元。父親だとすぐ分かる。 「君が遥くんか。はじめまして。拓実から写真も見せてもらってるよ」 「あ、はい。初めまして、一ノ瀬と申します」 「拓実の大切な人なんだから、もっと気楽にしてくれよ。よろしくな」 ――大切な人。 その一言が、胸の奥でじんわり広がっていく。思わず頬が熱くなった。 「もう一年ぶりかな。拓実は会社の責任があって大変だから、私たちがこうして会いに来るんだ」 隣に座った拓実が、何気なくこちらの手を取るような近さで腰を下ろす。 「拓実の側に遥くんみたいな人がいて、嬉しいわ」 母親が笑顔で言うと、慌てて首を振った。 「とんでもない。こちらこそ、いつもお世話になって……」 「お互い様だろ」 横から静かに入る拓実の声に、胸の奥が温かくなる。 そして母親はさらりと言った。 「遥くん、今日はここに泊まっていくでしょう?」 「えっ……」 せっかく拓実の両親が帰ってきてるんだから、家族で過ごすべきだろ。 さすがに俺がいたら邪魔になるんじゃないか……。 思わず戸惑うと、拓実が自然に口を挟んだ。 「なに、遠慮しなくていいよ」 「でも……」 「遥は家族みたいなものだから」 ――家族。 その言葉の響きが、胸の奥で静かに広がっていく。 ずっと自分には遠いものだと思っていたのに、拓実の隣にいると、少しだけ触れられる気がする。 「……それじゃあ、お言葉に甘えて」 声に出してみると、母親が満面の笑みを見せた。 「よかったわ。いろんな話をしましょう」 その温かさに包まれながら、胸の奥に広がる安心感に気づく。 ……俺の家族とは違う。 「拓実、キッチン借りていいかしら。何か作るわ」 「作ってくれんの? やった、マジ嬉しい」 そう言って笑う拓実は、普段の社長らしい落ち着きも威厳も消え、いつになく子供みたいに見えた。 「ちょっと待っててね」 明るい声と一緒に、包丁の軽やかな音や食器の触れ合う音がリビングに届く。 その何気ない生活の音が、不思議なほど心を落ち着かせる。 「拓実、この調味料、使っていいかしら」 「ああいいよ。好きなの使って」 返事をする拓実の声は、家に満ちる空気と自然に溶け合っていて、まるで自分もその一部になれたような錯覚がした。 「そうだ、いいワイン持って来たんだ。皆で飲もう。拓実、遥くんも」 「あ……はい、ありがとうございます」 隣で小さく微笑む拓実を見て、心の中でそっと思った。 もしかしたら、ここにあるのが“本当の家族”というものなのかもしれない、と。

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