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第27話 愛が運んだ縁

リビングのテーブルには、拓実のお母さんの手料理が次々と並んでいった。 彩り鮮やかなサラダ、香ばしいローストチキン、そして大きな器に盛られたスープ。 「わぁ……すごい」 まるでホームパーティーのようで、思わず感嘆の息が漏れる。 「ニューヨークで覚えたレシピも混じってるの。口に合うといいんだけど」 お母さんが照れたように笑い、お父さんがワインを開けている。 自分がこうして食卓に招かれるなんて、少し前まで想像もできなかった。 「さ、遥くんも座って」 「はい」 促されて椅子に腰掛けると、隣には拓実。 自然に手が触れそうなくらいの距離感に、緊張と安堵が入り混じる。 「いただきます」 四人で声を合わせると、お母さんがにこにこと話しかけてきた。 「遥くんは、神谷メディアでどんなお仕事してるの?」 「編集の仕事です。まだまだ至らないことばかりで……」 「でも拓実が、いつも“助けてもらってる”って言ってるのよ」 「母さん」 またしても拓実が少し照れたように声を低くする。その顔を見た瞬間、思わずこちらも笑ってしまった。 お父さんがグラスを傾けながら、穏やかな声を落とす。 「拓実が社長をやると聞いたとき、最初は心配だった。でもね……今はもう大丈夫だって思えるよ」 その視線がまっすぐ自分に向けられて、胸の奥が熱くなる。 「本当に、私も驚いたわ。でもおばあちゃまもいらっしゃるし、遥くんも支えてくれるから」 ――支えている、なんて。 むしろ自分のほうが何度も救われてきたのに。 「ほんと、遥に助けられてばかりだよ」 隣で拓実がさらりと口にした。 「た、拓実……」 不意打ちのように名前を呼ばれて、思わず顔が赤くなる。両親の前で、そんなふうに言うなんて。 「拓実は一人っ子だから、私も息子が増えたみたいで嬉しいの」 「なら、改めて乾杯しよう。拓実を支えてくれる遥くんに」 「そんな……」 戸惑う自分の手を、拓実がそっと握ってくれる。 「いいから。ほら、家族なんだから」 低い声で囁かれて、胸が大きく跳ねた。 その言葉はまだ少し照れくさくて、でも確かに心に沁み込んでいく。 ワイングラスが軽く鳴り合う音の中で、俺はようやく小さく息をついた。 お母さんが取り分けてくれたチキンにフォークを刺しながら、恐る恐る口に運ぶ。 ……柔らかくて、ほんのりスパイスが香る。 「わあ、すっごく美味しいです」 「良かった。ニューヨークのお友達から習ったレシピなの」 お母さんが嬉しそうに微笑むと、お父さんが頷いてワインを一口。 「うん、美味いな」 少しずつ緊張が解けていく。 食卓を囲むだけで、こんなに温かくなるものなんだ――そう思っていたとき。 「遥くん」 お父さんに名前を呼ばれて、背筋が伸びた。 「はい」 「拓実は子供の頃から頑固でね。思い込むと真っ直ぐ突き進むタイプだったんだ。……苦労してないか?」 思わず隣を見ると、拓実がむっとしたように小さく口を尖らせていた。 「おい、父さん」 その顔が可笑しくて、つい笑ってしまう。 「いえ、苦労どころか……むしろ、いつも助けてもらってばかりです」 そう答えると、お父さんは笑いながら頷き、拓実は少し照れたように視線を逸らした。 「小さい頃ね、拓実がまだ五歳くらいだったかな」 今度はお母さんが懐かしそうに話し始める。 「動物園で迷子になった子を見つけて、『泣かないで』って自分のお菓子を分けてあげたことがあるのよ。あのときから、人を放っておけない子だったわ」 「あの、母さん……そういう昔話はいいから」 拓実が苦笑しながら止めようとするけれど、お母さんは楽しそうに続ける。 「だから今日こうして遥くんに会えて、本当に安心したのよ」 「安心……ですか?」 思わず聞き返すと、お母さんは穏やかな目でこちらを見つめた。 「ええ。拓実は強そうに見えるけど、心の奥ではきっと誰かを必要としてる。だから遥くんがそばにいてくれるなら、私たちも安心できるの」 胸がいっぱいになって、言葉が喉に詰まる。 返事をしようとしたとき――隣の拓実が、そっと俺の手の甲に触れた。 「……そういうことだよ」 低く落ち着いた声が耳に届き、心臓が大きく跳ねた。

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