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第32話 突然の来訪者①
それから数日後。
ようやく落ち着いた時間を自分のマンションで過ごせる――はずだった。
……のに、夕方、唐突にチャイムが鳴った。
「誰だよ……」
ため息をつきながらインターホンのモニターを見ると、見たくなかった顔が映っていた。
義父・緒川の険しい表情。その隣には義母の姿まである。
――最悪だ。わざわざ訪ねてくるなんて。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。またあの重苦しい空気がやってくる。
「遥、いるんだろう。開けろ」
モニター越しでも伝わってくる威圧的な声に、体が強張る。
仕方なくインターホンに手を伸ばした。
「……突然ですね」
自分でも驚くくらい冷たい声が出た。義父の表情がみるみる不機嫌に変わる。
「なんだその言い方は。育ててやった恩を忘れたのか」
深呼吸をして、仕方なくドアを開ける。
義母は作り笑いを浮かべながら入ってきて、義父は黙って室内を値踏みするように見回していた。
「へえ、なかなかいい部屋に住んでるじゃないか」
義父が壁や家具をわざとらしく眺め回す。
「家賃十五万以上はするだろう? このマンション」
褒め言葉の形をしていても、裏にあるのは探りと皮肉。無意識に肩がこわばった。
「そうだ、健は有名な広告代理店の社長の姪と婚約したんだぞ」
自慢げに続く声。頭の中に、義兄・健の顔が嫌でも浮かび、吐き気すら覚える。
「それに比べてお前は……。まあ、どうせ金持ちに囲われてるんだろう。お前みたいな奴が一人でこんな生活できるわけがない」
義父の言葉一つ一つが胸に突き刺さる。
昔からそうだ。何をしても健と比べられて、貶められる。
「囲われてなんかいません。ちゃんとお付き合いしてる人がいます」
義母が興味津々といった顔で身を乗り出す。
「まあ。それで、その人はどんなお仕事? お金持ち? 健の婚約者みたいに、ちゃんとした家の方?」
「……男性で、映像関係の会社員です」
拓実の立場だけは絶対に明かすわけにはいかない。
義父が眉をひそめ、露骨に嫌悪感を示した。
「男? 恥さらしめ……。まあ、金さえあるなら男でも構わんがな」
その言葉に、俺の中で怒りが爆発しそうになる。
「で、その“会社員”とやらは、どこの会社だ? どうせなら役員や社長の親戚でも捕まえればよかったものを」
その瞬間、俺の中でついに限界が来た。
「帰ってください」
静かに、しかしはっきりと言う。
「なんだと?」
義父が立ち上がりかけたその時、再びチャイムが鳴った。
インターホンから拓実の声が響く。
「遥? 俺だけど」
胸の奥がほっと温かくなる。
「拓実、どうした?」
「会議が早く終わったから、迎えに来た。一緒に夕飯でもどうかと思って」
「あ、えっと……」
俺の戸惑いを聞き取ったのか、拓実の声が僅かに低くなる。
「……何かあった?」
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