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第33話 突然の来訪者②
ドアを開けると、きちんとしたスーツ姿の拓実が立っていた。
拓実は部屋の中の様子を一瞥して、表情がわずかに変わった。
明らかに尋常でない雰囲気を察したんだろうな。
「……義理の両親が来てるんだ」
「そうだったのか」
一瞬の沈黙の後、拓実は丁寧に頭を下げた。
「失礼いたします。遥の恋人の、神谷拓実と申します」
礼儀正しい挨拶。そして“遥の恋人”だと、きちんと名乗ってくれた。
それが無性に嬉しくて、ドキドキしてた。
義父がじろりと拓実を品定めするように見つめる。
「私は緒川だ。かつて建設関係の会社の重役だった。で……あなたはどのような仕事を?」
「映像制作関係の仕事をしています」
拓実の答えは簡潔で、それ以上の詳細には触れない。
義母がさらに踏み込んで聞く。
「ところで……収入のほうはどうなのかしら?」
拓実が答える前に、鼻で笑うように続けた。
「うちの健はね、有名な広告代理店の社長の姪と婚約してるのよ」
露骨に失礼な質問。しかも、自慢と嫌味をこれでもかと並べ立てる物言い。相変わらず最低な奴らだ。
拓実の眉がほんのわずかに動いたけど、口を開いたときの声は静かで落ち着いていた。
「収入……そうですね。生活に困らない程度は、頂いています」
あくまで事実を曲げずに、さらりとかわす答えはさすがだと思った。
「生活に困らない……か。健なら何をやっても上手くいって、自然と金も地位も手に入れてしまう。遥、お前も少しは見習ったらどうだ?」
……胸の奥が痛い。辛い。
「お前は一人前にもなっていないのに、養子縁組の解消なんて、何を考えてるんだ」
「そうよ。今まで育ててあげた恩があるんだから、援助くらいすべきでしょう」
義母は言葉を重ねる。
「健もこれから結婚して子供が産まれたらお金がかかるし、私たちだって老後があるの。義務は果たしなさい」
それって、ただの“金づる”じゃないか。
「今後の私たちにかかる費用は、遥に面倒見てもらうのがいいって健も言ってたわ」
「え……」
「うちを出て行ってから、お前は嫌味のように“一ノ瀬”の性を名乗ってるが、養子でも緒川家の“息子”じゃないか」
ちがう。俺は……。
「わざわざ他人のお前を養子にしてやったんだ。それにお前は男と付き合ってるなんて、結婚も子供も……何も未来はないんだからな。私たちの老後は頼んだぞ」
義父が放った言葉は俺の心を深く抉った。
その直後、拓実の視線がまっすぐ俺に向けられる。
強ばった俺の表情と、義両親の横柄な態度を確認して目を細めた。
「……遥、大丈夫か?」
低くて、穏やかで、それでいて俺を守ろうとする意思がにじむ声。
その響きに、張り詰めた心が少しだけ救われるのを感じた。
「拓実……」
俺の震える手を見て、拓実の表情が変わった。
「お忙しい中、ありがとうございました。遥も疲れているようですので、今日はこのあたりで失礼させていただけませんか」
拓実の丁寧且つ毅然とした物言いに、義父が不機嫌そうに言った。
「まだ話は終わってない」
「そうよ、もう少しゆっくりと」
義母も同調する。しかし拓実は穏やかな笑顔を崩さない。
「申し訳ございませんが、遥の体調が優れないようですので、今日のところはお引き取りください」
その場の空気を読み、適切な距離感を保ちながらも、はっきりと断る拓実。
義理の両親もこれ以上は押し切れない雰囲気に包まれた。
「……また来ますからね」
義母が作り笑いを浮かべながら言った。
「では、失礼いたします」
ドアが閉まった瞬間、俺の膝から力が抜けた。
「遥、少し休め」
「ありがとう、拓実……」
俺はベッドに倒れ込むように横になった。
張り詰めていた心が、少しずつ解けていくのを感じる。
拓実が傍にいる――その安心感に包まれ、いつの間にか瞼が重くなっていった。
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