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第37話 利用される縁

それから数日後、健から電話がかかってきた。 ――遥、ちょっと話があるんだ。今度会えないか。 声のトーンが、あの日のラウンジでの動揺から一変していた。妙に低姿勢で、何か企んでいるような響きがある。 「何の話ですか」 ――まあ、会って話そう。今度の土曜日、お前のマンションに伺いたい。 一方的に電話を切られた。嫌な予感しかしない。 拓実にその話をすると、眉をひそめた。 「おそらく、俺の正体がバレたことで何か思いついたんだろうな」 「思いついた?」 「利用しようとしてるんだよ。俺の立場を」 そして土曜日の午後、健は義理の両親を連れてやってきた。 三人とも、あの日とは打って変わって愛想が良い。 「遥、元気にしてたか?」 義父が作り笑いを浮かべる。 「お忙しい中お疲れさま」 義母も丁寧に頭を下げた。 健だけは少し緊張した面持ちで、拓実を見つめている。 「それで、今日は何の用ですか」 俺が単刀直入に聞くと、健が咳払いをした。 「実は、俺にも会社の将来を考える時期が来てて」 「はあ」 「今の会社、正直伸び悩んでるんだ。もっと大きなステージで仕事がしたい」 健の視線が拓実に向けられる。 「それで、お願いがあるんだが……アークメディアで、俺を雇ってもらえないだろうか」 ……何を言ってるんだ、この人は。 拓実が静かに首を振った。 「申し訳ありませんが、現在中途採用の予定はありません」 「そこを何とか。俺、営業には自信があるんだ。必ず会社の利益に貢献する」 健の声が必死になってきた。 「俺たちは家族同士みたいなもんじゃないですか」 「家族?」 拓実が眉を上げる。 「俺の婚約者の美咲の叔父さんと拓実さんは仕事のパートナーでしょう? それに遥とも付き合ってるし。遥はあなたの引き抜きで神谷メディアに行ったのも知ってますよ」 義父が横から口を挟む。 「健は優秀な人材だ。きっとお役に立てると思うよ」 「そうですよ」 義母も調子を合わせる。 「健は昔から頭が良くて、営業成績もトップクラスでしたから」 拓実が困ったような表情を見せる。 「皆さんのお気持ちは分かりますが、弊社には弊社の採用基準がありまして」 健の表情が焦りを帯びてきた。 「じゃあ、別の提案があります」 「提案?」 「美咲の叔父さんの会社、ネクストビジョンとアークメディアで、何か共同事業をやりませんか」 「既に複数のプロジェクトで協力させていただいていますが」 「もっと大きな規模で。俺がその橋渡し役を」 拓実が静かに立ち上がった。 「少し失礼します」 そう言って、拓実はベランダに出て電話をかけ始めた。 しばらくして戻ってくると、拓実の表情が少し硬くなっていた。

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