「今、岩本社長にお電話しました」 健の顔が期待で輝く。 「そうですか！　何と」 「……大変困惑されていました」 拓実の淡々とした声に、健の表情が凍りつく。 「困惑？」 「実は、美咲さんから連絡があったそうです。健さんが遥や美咲さんを巻き込んで、自分の利益を押し付けようとしている、と」 義理の両親の顔が青ざめる。 「え……利益って？」 「俺に口利きをさせて、ネクストビジョンや関係先での有利な扱いを得ようとしたり、俺の人脈を使って転職活動を有利に進められると言ったり」 健の顔が真っ赤になり、手が震えた。 「そ、そんなことは……！」 「事実です。美咲さんは非常に困惑していました。そして、岩本社長も同様です」 拓実の声は冷静だが、部屋の空気を凍らせるほどの威圧感があった。 「岩本社長は、このような状況では今後のお付き合いを見直さざるを得ないとおっしゃっていました」 「え？」 健の声が裏返った。 「つまり、美咲さんとの婚約についても、ご家族で話し合いをするということです」 「ちょっと待ってください」 健が必死になって手を振る。 「誤解です。俺は何も」 「美咲さんが嘘をついているとでも？」 拓実の視線が鋭くなった。 「それに、今日ここで俺に転職の依頼をしたのも事実ですよね」 義父が立ち上がった。 「拓実さん、健は悪気があったわけじゃ」 「悪気がなければ何をしても良いのでしょうか」 拓実の声は静かだが、威圧感があった。 「俺の立場を利用して利益を得ようとする。遥を通じて俺に近づこうとする。これは単なる悪気の問題ではないです」 健の顔が真っ赤になった。 「俺だって必死なんだ！　生活がかかってるんだから」 「それは俺には関係ありません」 拓実がきっぱりと答える。 「遥を大切にしてくれる家族なら、多少のことは目をつぶります。でも、遥を利用の道具としか見ていない人たちに、協力するつもりはありません」 義理の両親はうつむき、言葉を失った。 「どうか、お引き取りください」 拓実の言葉に有無を言わせぬ迫力があり、三人は黙ったまま部屋を出て行った。 ドアが閉まった後、俺は拓実を見つめる。 「拓実……本当に岩本社長に電話したの？」 拓実が苦笑いした。 「したよ。でも、美咲さんから苦情が来たというのは……」 「嘘？」 「演技だ。ただ、健が私の立場を利用しようとしているのは事実だろうから、岩本社長には一応報告しておいた」 俺は思わず笑ってしまった。 「すごい演技だった」 「お前を利用しようとする奴らは、絶対に許さない」 拓実が俺の手を握る。 「これで懲りてくれればいいんだけど」 でも俺は知っていた。あの人たちは、きっとまだ諦めない。 そして案の定、その夜健から怒りに満ちたメールが届いた。 『お前のせいで美咲との話がこじれた。責任を取れ』 俺はそのメールを拓実に見せた。 「まだ言ってるよ」 「相手にしなくていい。もう誰にも利用させない」