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第40話 情報売買の罠
翌日の午後、拓実と俺はネクストビジョンの本社を訪れていた。
高層ビルの最上階にある岩本社長の執務室は、都内を一望できる素晴らしい眺めだった。
「神谷社長、お忙しい中ありがとうございます」
「こちらこそ、お電話いただいて。一ノ瀬もご一緒させていただきました」
拓実が俺を紹介すると、岩本社長は優しく微笑んだ。
「ああ、あの時ラウンジでお会いした……」
「はい」
「わざわざありがとうございます。それで、こちらなんですが」
岩本社長が資料を取り出す。
「実は、姪の婚約者……健くんから昨日も連絡がありまして」
「昨日も?」
拓実の表情が険しくなった。岩本社長がメモを見ながら説明する。
「はい。今度はアークメディアの来期の事業計画書を持っていると言うんです」
俺の背筋が凍った。
「事業計画書?」
「それに、神谷社長の個人的なスケジュールや住所、家族のことまで教えると」
拓実が立ち上がった。
「なるほど、俺の個人情報もですか」
「はい。それで、これらの情報を500万円で売ると言ってきたんです」
岩本社長が困ったような表情を浮かべる。
「もちろん断りましたが、健くんは『美咲との結婚のために金が必要だ』と言い張ってまして」
「……結婚資金ですか」
「いえ、それが……私が調べたところ、健くんには多額の借金があるようで」
健、借金があったんだ……。
「美咲さんは何と?」
「実は美咲には、まだ詳しく話していないんです」
岩本社長が重いため息をつく。
「あの子はまだ健くんを信じていますから」
拓実が俺を見た。その瞳に、決意のようなものが宿っている。
「岩本社長、お願いがあります」
「何でしょう?」
「健からまた連絡があったら、取引に応じるふりをしていただけませんか」
俺も岩本社長も驚いた。
「健の正体を、美咲さんにも知ってもらう必要があるんです」
拓実の声が低くなった。
「そして、決定的な証拠を掴む」
「でも、危険では?」
岩本社長が心配そうに言う。
「大丈夫です。全て録音していただければ」
拓実が立ち上がる。
「それに、僕の方でも準備があります」
*
帰りの車の中で、俺は拓実に聞いた。
「さっき言ってたのって、どんな準備?」
「健が本当に情報を持っているのか確認する必要があるんだよ」
拓実がハンドルを握りながら答える。
「もし本当なら、どこから盗んだのかを突き止める」
「もし嘘だったら?」
「それはそれで、詐欺の証拠になるだろ」
拓実が信号で止まりながら俺を見る。
「どちらにしても、健は終わりだ」
その夜、俺たちは拓実のマンションで作戦会議をしていた。
「まず、アークメディアの事業計画書が本当に漏れているかどうか調べるんだ」
拓実がタブレットを見せながら説明する。
「それから、俺の個人情報がどこまで知られているかも」
「健が知ってる情報って、どの程度だと思う?」
「まあ、美咲さんから聞けるのはせいぜい公開されている情報程度じゃないかな」
拓実の表情が厳しくなった。
「でも、事業計画書は違う。もし、それが本当なら……」
「アークメディア内部の人間が関わってるってこと?」
「うん、その可能性はある。明日、セキュリティチームと詳しく調べてみるよ」
翌朝、拓実からの報告で状況が明らかになった。
「事業計画書は漏れてない」
「じゃあ、健の話は嘘ってこと?」
「うん。それが巧妙なんだ」
拓実が資料を見せてくれる。
「健は古い公開情報と、憶測を混ぜて、それらしい資料を作ってる」
「それらしい?」
「例えば、去年の決算資料から今年の予想を立てたり、業界の動向から新規事業を推測したり」
拓実が苦笑いする。
「素人が見れば本物に見えるかもしれない」
「でも岩本社長なら……」
「そう。業界のプロだから、すぐに偽物だとわかるよ」
その時、拓実の携帯が鳴った。
「岩本社長からだ」
拓実がスピーカーにして電話に出ると、岩本社長の緊張した声が聞こえてきた。
――神谷社長、健から連絡がありました。
「どのような?」
――今日の午後3時に、ホテルのラウンジで直接会いたいと。
拓実が俺を見る。
――情報を持参すると言っています。
「わかりました。僕たちも近くで待機します」
――ありがとうございます。実は、美咲も一緒に来てもらうことにしました。
拓実の表情が変わった。
「美咲さんも?」
――はい。もう隠しておけないと思いまして。
「それは良い判断だと思います」
電話を切った後、拓実が俺の手を握った。
「いよいよだな」
「ついに健の化けの皮が剥がれる」
俺も拓実の手を握り返す。
「美咲さんが真実を知ったとき、どんな反応するんだろう」
「きっと、ショックだろうな」
拓実が窓の外を見る。
「でも、それも必要なことだから」
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