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第47話 本当の気持ちが言えなくて
ソファーに沈んだまま、天井の模様をぼんやり眺めていた。
時計の針が静かに時を刻む音だけが、部屋に響いている。
「……結婚、か」
もう一度呟いて、深くため息をついた。
拓実が言った言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
“結婚したいな”
あんなに真剣な顔で言われたのに、俺は何て答えた?
――拓実が勝手に盛り上がってるだけじゃん
……最低だ。はぁ、何やってんだよ。
俺は顔を両手で覆った。拓実の傷ついた顔がまぶたの裏に浮かぶ。あんな顔、させたくなかったのに。
本当は嬉しかった。拓実が俺との未来を考えてくれてること。
俺と一緒にいたいって思ってくれてること。
全部、全部嬉しかった。
でも――。
「……できないじゃん」
結婚。男女なら当たり前のように選べる選択肢。
でも、俺たちには法的に認められてない。だから、浮かれたくなかった。
それでも拓実は、俺と結婚したいって言ってくれた。
“制度とか、形とか……そんなの関係ないよ”
そう、簡単に言うけど。
本当にそうなのか? 形がないのに、結婚って言えるのか?
俺たちがどんなに誓い合っても、法律は認めてくれない。
家族としても、配偶者としても。もし拓実に何かあったとき、俺は何もできないかもしれない。
そんな不安が、胸の奥でずっとくすぶっている。
拓実は社長で、ちゃんとしてて、頭もいい。
俺なんかと釣り合うのか?
それに、周りの目だってある。会社の人たちは知ってるけど、世間は違う。
二人で歩いてても、ただの友達にしか見えない。
手を繋ぐことすら、場所を選ばなきゃいけない。
……そんな俺と一緒にいて、拓実は本当に幸せなのか?
いや、こんなこと考えたって、意味ない。拓実は俺を選んでくれたんだから。
それなのに、俺が勝手に「申し訳ない」なんて思うのは拓実に失礼だ。
「はぁ……」
スマホを手に取って時間を確認すると、もう一時間が経っていた。
拓実、まだ寝室にいるんだろうか。
立ち上がろうとして、ふと視線がテーブルに落ちる。
拓実がいつも読んでる雑誌。
ページが開いたままになっていて、何気なく手に取ると――。
「……え」
“同性カップルのためのパートナーシップ制度ガイド”
表紙には、幸せそうに笑う二人の男性が写っている。
ページをめくると、細かくメモが書き込まれていた。
“渋谷区、世田谷区で可能
身分証明書、独身を証明するもの
メリット、病院での面会、賃貸契約……
デメリット、法的効力なし、相続権なし……”
拓実の几帳面な字が並んでいる。
どれだけ、真剣に調べてくれてたんだろう。
「……ごめん」
拓実はこんなに俺のことを考えてくれてたのに、俺は何も知らなくて。何も考えないでひどいことを言って。
俺は雑誌をテーブルに戻して、深く息を吐いた。
「……パートナーシップか」
もう一度呟く。
全部、まだ俺の中でモヤモヤしている。
それでも。
「謝らなきゃな……」
少なくとも、さっき言ったひどい言葉で拓実を傷つけたことは、ちゃんと謝らないと。
結婚のことは――。
まだ、答えは出せない。
でも、拓実の気持ちを無下にしたことは、ちゃんと謝りたい。
廊下を歩きながら、心臓がドキドキする。
……何て言おう。どう謝ろう。
頭の中で何度も言葉を考える。
寝室の前まで来て、ドアの前で立ち止まる。
中からは何の音も聞こえない。
拓実、寝ちゃったのかな。それとも、まだ怒ってるんだろうか。
――いや、怒ってて当然だ。
俺はドアをノックする勇気もなくて、そっとドアノブに手をかけた。
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