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第49話 仲直りのあと
翌朝。
リビングに漂うコーヒーの香りで目が覚めた。
「……あれ、もう起きてるのかよ」
寝室から顔を出すと、拓実がキッチンに立っていた。
白いシャツの袖をまくって、フライパンを揺らしてる姿が、なんかすごく絵になってる。
「おはよ……」
「おはよう。コーヒー淹れといた」
「……ありがと」
まだちょっと気恥ずかしい。
昨夜のことを思い出したら、顔が熱くなる。
ベッドでの“仲直り”が、あんなに長引くとは思わなかった。
「顔、赤いな」
「……ち、違う。暑いだけ」
拓実がニヤッと笑う。もう、絶対わざとからかってる。
「遥がギュッてしてきて可愛かったな……」
「だって拓実がくっついてきたんだろ」
「いや、お前の方から抱きついてきた」
「……記憶にないです」
「便利だな、その逃げ方」
そう言いながらも、拓実はトーストを皿に乗せてくれる。
「次は俺が作るよ」
「お、珍しい。目玉焼き焦がすなよ」
「前に焦がしたの一回だけだし!」
「二回な」
「うるさい」
そんな軽口を交わしながら、テーブルに並んで座る。
外は秋晴れ、窓から差し込む光が柔らかい。
昨日の言い合いが嘘みたいに、穏やかな時間だった。
「なあ、遥」
「ん?」
「昨日の……“結婚”の話だけどさ」
「何?」
「俺、本気だから」
拓実がまっすぐ俺を見つめる。その目は真剣で、逃げ場がない。
「お前と、ちゃんと家族になりたい」
「……拓実」
「日本で法的に結婚できないのは分かってる。でも、それ以外の方法だってあるし」
拓実が少し前のめりになる。
「指輪も買いたい。一緒に住む家も探したい。お前と、ちゃんとした未来を作りたいんだよ」
「でも……」
俺は言葉に詰まる。拓実の気持ちは嬉しい。本当に嬉しいのに、どうしても踏み出せない何かがある。
「お前、何が怖いの?」
拓実が優しく聞いてくる。その言葉に、胸の奥がズキンと痛んだ。
「……分かんねぇ」
正直に答える。拓実が少し困ったように笑った。
「分かんないって、お前らしいな」
「うるさい」
俺も少し笑う。緊張が少しだけ解けた気がした。
「じゃあ、ゆっくり考えようよ」
拓実が俺の手を取る。その手は温かくて、少しだけ安心する。
「でも、俺は諦めないから」
「……しつこくね?」
「しつこくて悪かったな」
拓実が少しだけ笑う。その笑顔が、少しずるい。
「指輪のデザインとか、もう考えてるし」
「早すぎだろ」
「だって、お前に似合うの探したいし」
拓実が楽しそうに話す。その様子が、少しだけ微笑ましくて。
「新居もさ、お前の仕事場に近いところがいいよな」
「そんなことまで……もう決めてんの?」
「でも考えとかないと」
拓実がグイグイ押してくる。その積極性が、嬉しいような、困るような。
「……もうちょっと、時間くれよな」
俺が小さく呟くと、拓実が優しく頷いた。
「分かった。でも、ちゃんと考えろよ」
「……わかったよ、考える」
拓実が嬉しそうに笑う。そして、俺の頭をくしゃっと撫でた。
「ありがとな」
「何がだよ」
「ちゃんと話してくれて」
拓実がそっと抱き寄せてくる。その温もりに、少しだけ心が解れた。
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