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第50話 指輪選びという名の攻防戦
それから一週間。拓実は本当に諦めなかった。
仕事から帰ると、テーブルの上に指輪のカタログが置いてあった。それも一冊や二冊じゃない。五冊くらい積み重なっている。
「……何これ」
俺が呆れたように言うと、拓実がキッチンから顔を出した。
「指輪のカタログ。見てみてよ」
「いや、まだ決めてないって言ったじゃん」
「決めてなくても、見るだけならいいだろ?」
拓実が楽しそうに笑う。その表情が無邪気すぎて、何も言い返せなくなった。
「とりあえず飯食おうぜ」
「その前にちょっとだけ」
拓実が俺の手を引いてソファに座らせる。そして、一番上のカタログを開いた。
「これとか、お前に似合いそうじゃない?」
拓実が指差したのは、シンプルなプラチナのリングだった。控えめなデザインで、確かに悪くない。
「……まあ、悪くないけど」
「だろ? 俺もこういうシンプルなのが好きなんだよ」
拓実が嬉しそうに続ける。
「でもさ、こっちのゴールドもいいと思うんだよね」
「ちょっと待て、ゴールドは派手すぎない?」
「派手? これくらい普通だろ」
拓実が別のページを開く。そこにはもっと装飾的なデザインのリングが並んでいた。
「これなんてどう? ダイヤ入ってるけど、控えめだし」
「いや、ダイヤはいらないって」
「え、なんで? 綺麗じゃん」
「俺、そういうの似合わないし」
拓実が少し不満そうに唇を尖らせる。
「お前、もうちょっと乗り気になれよ」
「乗り気もなにも、まだ結婚するって決めてないし」
「でも、いつか必要になるんだから、今から見といてもいいだろ」
拓実がグイグイ押してくる。その熱量に、俺は少し疲れてきた。
「なあ、拓実」
「ん?」
「お前、ちょっと焦りすぎじゃない?」
拓実が手を止める。その表情が、一瞬だけ曇った。
「……焦ってるように見える?」
「見えるっていうか、実際焦ってるだろ」
俺が正直に言うと、拓実が少し黙り込んだ。そして、カタログを閉じる。
「……そうかもな」
拓実が小さく認める。その声には、いつもの自信がなかった。
「なんで、そんなに急いでるんだよ」
俺が聞くと、拓実が少し困ったように笑った。
「急いでるわけじゃないんだけど……」
拓実が言葉を探すように黙り込む。その表情は、珍しく迷いが見えた。
「お前と、ちゃんと繋がってたいっていうか」
「繋がってるじゃん。もう」
「そうじゃなくて」
拓実が俺の手を取る。その手は少し震えていた。
「もっと、確かなものにしたいんだよ」
「……拓実」
「お前と家族になるって言ったじゃん。実際、遥には身内もいないだろ。俺も、両親は日本にいないから……一人みたいなもんだし」
拓実がまっすぐ俺を見つめる。
「だから、俺たちで家族作りたいんだよ。お前と俺の、新しい家族」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。拓実の気持ちが、少しだけ分かった気がする。
「……そっか」
俺が小さく呟くと、拓実が安心したように笑った。
「だから、指輪選びは付き合ってくれよ」
「分かったよ……でも、ゴールドは却下な」
「えー、なんでだよ」
拓実が不満そうに言う。その表情が、少しだけ可愛くて。
「派手なのは似合わないって」
「じゃあ、プラチナで決まりな」
「まだ決めてないって言ってるだろ」
俺が呆れたように言うと、拓実が楽しそうに笑った。
「でも、見るだけ見ようぜ。な?」
「……はいはい」
俺が諦めたように頷くと、拓実が嬉しそうにカタログを開き直した。
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