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第51話 新居探しという名の現実
指輪のカタログ攻撃から数日後、今度は不動産情報のプリントアウトがテーブルに並んでいた。
「……今度は何?」
俺が仕事から帰ると、拓実がパソコンを開いて何か検索している。
「新居。二人で住むならちゃんとした広さがいいだろ」
「だから、まだ決めてないって」
「でも見るだけなら」
拓実が振り返って笑う。もう聞き飽きたセリフだった。
「お前のオフィスに近くて、俺の会社にも通いやすい場所で探してるんだけど」
「勝手に進めんなよ」
俺が呆れたように言うと、拓実が少し不満そうな顔をする。
「だって、お前何も考えてないじゃん」
「考えてるよ。まだ、まとまってないだけで」
「じゃあ、一緒に考えようぜ」
拓実が椅子を引いて、俺を座らせる。パソコンの画面には、いくつかの物件情報が表示されていた。
「これとか、3LDKで広いし、最上階だから眺めもいい」
「高そう……」
「まあ、そこそこするけど。でも俺が出すから問題ないだろ」
「それは違う」
俺が即座に否定する。拓実が不思議そうに俺を見た。
「何が違うの?」
「一緒に住むなら、家賃も折半だろ」
「でも、俺の方が収入多いし」
「関係ない。対等じゃなきゃ嫌だ」
俺がきっぱり言うと、拓実が少し困ったように笑った。
「お前、そういうとこ頑固だよな」
「頑固じゃない。当たり前のことだろ」
拓実がため息をつく。
「分かったよ。じゃあ、お前が払える範囲で探すか」
「うん」
俺が頷くと、拓実が検索条件を変え始めた。その真剣な横顔を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。
「……なあ、拓実」
「ん?」
「お前、本当に俺と一緒に住みたいの?」
拓実が手を止めて、俺を見る。
「当たり前だろ。何言ってんの?」
「いや……だって、今だって週に何回も泊まりに来てるし」
「それとこれとは違う」
拓実が真剣な顔で言う。
「俺は、お前とちゃんと暮らしたいんだよ。毎日一緒にいて、朝も夜も一緒で」
その言葉に、胸がドキリとした。
「毎日お前の顔見て起きて、一緒に飯食って、夜は隣で寝る。そういう当たり前の生活がしたい」
「……それって」
「結婚と同じだろ?」
拓実がニヤリと笑う。その笑顔に、思わず顔が熱くなった。
「ずるい……」
「ずるくないよ。本音だし」
拓実が俺の頭を撫でる。その手が優しくて、心地よくて。
「だから、ちゃんと考えてくれよ。俺、本気だから」
「……分かってるよ」
俺が小さく呟くと、拓実が満足そうに笑った。
「じゃあ、続き見ようぜ。この物件とか、二人で住むのにちょうどいいサイズだし」
「バルコニー広いな」
「だろ? ここで朝ごはん食ったりできるし」
拓実が楽しそうに話す。その様子を見ていると、俺の中でも少しずつ、二人の未来が見えてくる気がした。
「……いいかもな」
俺が小さく呟くと、拓実がパッと顔を輝かせた。
「マジで? じゃあ、内見行く?」
「早すぎるって」
「でも、見るだけなら」
「それ、何回言うんだよ」
俺が呆れたように笑うと、拓実も楽しそうに笑った。
そんなやり取りを続けながら、俺の心は少しずつ、拓実の方へ傾いていった。
でも、まだ。
形じゃない、とはいっても、やっぱり俺たちは認めてもらえない。
その現実が、どうしても頭から離れなくて――
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