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第52話 二人の答え、三人の時間

「遥、今週末空いてる?」 ある日、拓実が唐突に聞いてきた。 「うん、多分。でもなんで?」 「ばあちゃんがお前に会いたいって」 俺の動きが止まる。 「……潔さんが?」 「うん。元気にしてるか気になってるみたいでさ。会いたいって言ってて」 そういえば、潔さんと最近会ってないな。 会長だと知ったときは驚いたけど、あの人は気さくで話しやすい。 このマンションも潔さんのだし、悩んだ時も俺の味方をしてくれたし。 「……俺も会いたい」 「じゃあせっかくだから、三人で会おう」 拓実が笑う。でも、その笑顔の裏に何かある気がして。 「……まさか、潔さんに結婚の話とか」 「もう、とっくにしてる」 拓実があっさり認める。俺の顔が引きつった。 「ちょっと待て、まだ俺決めてないって」 「お前の気持ちはまだ決まってなくても、俺の気持ちは決まってるから」 「でもさ……」 「ちゃんとばあちゃんに報告したかったんだよ。お前との将来のこと考えてるって」 拓実がまっすぐ俺を見つめる。その目は真剣で、逃げ場がなかった。 「……分かった」 俺が小さく頷くと、拓実が嬉しそうに笑った。 「ありがとな」 拓実が安心させるように言う。でも、俺の不安は消えなかった。 そして週末。潔さんと会うことになった。 場所は、都内の高級ホテルのラウンジ。 「あれ、緊張してる?」 拓実が心配そうに聞いてくる。 「……してない」 嘘だった。めちゃくちゃ緊張している。 「緊張なんかする必要ないだろ。ばあちゃん、お前のこと気に入ってるし」 「いや、そうだとしても……」 今回は結婚の話……。そう思うと、足がすくんだ。 「遥、こっちだよ」 拓実が俺の手を引く。ラウンジの奥に、相変わらずシルクのスカーフが似合う女性の姿が見えた。 「拓実、遥くん、ごきげんよう」 潔さんが明るい声で手を振る。華やかなファッションだけど、どこか品があって、やっぱりただ者じゃない雰囲気が漂っていた。 「ばあちゃん、久しぶり。わざわざホテルまで」 「あら、大事な話なんだもの。きちんとした場所がいいでしょう? それに、ここなら遥くんも落ち着いて話せるかと思って」 このホテルは会社の商談でもよく使うらしく、潔さんは常連だった。 「遥くん、久しぶりね! 元気だった?」 潔さんが嬉しそうに俺を見る。 「はい、お久しぶりです。元気です」 俺が挨拶すると、潔さんが優雅にソファーに座った。 「さあさあ、座って座って。いろいろ話したいことがあるのよ」 潔さんが促して、俺たちは向かい合って座った。 しばらく近況報告をしたあと、潔さんがゆったりと紅茶を一口飲んでから口を開いた。 「遥くん、拓実から聞いたんだけど」 「……はい」 俺の背筋が伸びる。 「拓実はあなたと結婚したいって言ってるのよね」 その言葉に、俺の心臓が跳ねた。 「私はね、二人の関係を応援してるわ。だから、遥くんの気持ちも聞きたくて」 潔さんが優しく言う。その視線が、真剣だった。 「俺は……」 言葉を探す。何を言えばいいのか、分からなくて。 「まだ、ちゃんと考えられてなくて」 「それは当然よ」 潔さんが優しく言う。 「大きな決断だもの。じっくり考えていいのよ」 「でも……日本じゃ、俺たち結婚できないし」 その言葉に、潔さんがふっと笑った。 「遥くん、一つ聞いてもいいかしら」 「……はい」 「あなたは、拓実と一緒にいたい?」 その質問に、俺は即答した。 「はい。一緒にいたいです」 「なら、それが答えじゃないかしら」 潔さんが優しく言う。 「二人の気持ちが大事なのよ」 その言葉に、胸が熱くなった。 「それに」 潔さんが少しいたずらっぽく笑う。 「拓実には、切り札があるでしょう?」 「……え?」 切り札……? 俺が首を傾げると、潔さんが拓実を見た。 「ね、拓実」 「ばあちゃん、それ言っちゃうの?」 「だって、遥くんが知らないままじゃ可哀想でしょう」 潔さんがクスクスと笑う。 「切り札って何……?」 俺が拓実を見ると、拓実が少し困ったように笑った。

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