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第54話 勇気ひとつ、指先に
俺は、“ある決意”を固めていた。
拓実に、ちゃんと答えを出そう。
……結婚する、って。
そう決めたら、急に落ち着かなくなった。
どうやって伝えよう。何て言えばいいんだろう。
「……指輪、用意したほうがいいのかな」
俺は仕事の合間にスマホで指輪を検索していた。
拓実が見せてくれたカタログを思い出しながら、ジュエリーショップを探す。
「この店、良さそうだな」
都内にある、ブライダルリングを扱っている専門店。
休日、俺は一人でその店に向かった。
店に入ると、たくさんの指輪がショーケースに並んでいた。
「いらっしゃいませ」
店員が笑顔で近づいてくる。
「あの……ペアリングを探してるんですけど」
「かしこまりました。ご結婚ですか?」
「……はい」
俺が頷くと、店員が嬉しそうに笑った。
「おめでとうございます。こちらにブライダルリングのコーナーがございます」
案内されたショーケースには、様々なデザインの指輪が並んでいた。
「どのようなデザインをお探しですか?」
「シンプルなやつで……プラチナがいいです」
俺が答えると、店員がいくつか指輪を取り出してくれた。
「こちらなど、いかがでしょうか」
見せてもらったのは、シンプルなプラチナのリング。控えめで、でもちゃんと存在感がある。
これならずっと、つけていられそうだ。
「……いいですね」
「お相手の方の指のサイズはご存知ですか?」
「あ……大体はわかるんですけど、正確なのは知らないです」
俺が困った顔をすると、店員が優しく笑った。
「でしたら、サイズは後日お直しも可能ですので、まずデザインをお決めいただければと思います」
「分かりました」
俺はいくつか見せてもらって、最終的にシンプルなプラチナのペアリングに決めた。
「こちら、お渡しまで一週間ほどお時間をいただきます」
「一週間ですか……分かりました」
俺は注文を済ませて、店を出た。
「よし……」
一週間後に指輪を受け取る。それまでに、どうやって伝えるか考えないと。
拓実からは何度か連絡が来たけれど、会いづらくて、仕事を理由に断ってしまう。
『遥、大丈夫? 最近忙しそうだけど』
『うん、大丈夫。もうちょっとで落ち着くから』
『無理すんなよ。会いたいときは言ってくれたら会いに行くから』
その優しさが、逆に胸を刺す。
一週間後。
俺は指輪を受け取りに、再び店へ向かった。
「お待ちしておりました」
店員が小さな袋を手渡す。
「こちら、プラチナのペアリングです。サイズの調整が必要な場合は、お気軽にお持ちください」
「ありがとうございます」
袋を受け取り、店の外に出ると、夕暮れの光が差し込む。小さな袋の重みが手のひらにじんわり伝わって、胸の奥が少しずつ熱くなる。
「……これで、いいよな」
今日こそ、拓実に伝える――そう決めた瞬間、心臓の鼓動が少し早まった。
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