翌日、俺たちはお母さんに連れられてマンハッタンの高級テーラーへ来ていた。 「ここ、お父さんもよく使ってるお店なの」 お母さんが嬉しそうに説明する。 店に入ると、スーツがずらりと並んでいた。どれも高級そうで、値札を見るのが怖い。 「Welcome! How can I help you today?」（いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか？） 店員が英語で話しかけてくる。拓実が流暢な英語で答えた。 「We’re looking for wedding tuxedos for both of us」（二人分のウェディングタキシードを探しています） 拓実が答えると、店員が嬉しそうに頷いた。 「Congratulations! Please, follow me」（おめでとうございます！　どうぞこちらへ） 俺たちを奥の部屋へ案内してくれる。 「さあ、遥くん。まずは試着してみましょう」 お母さんが楽しそうに言う。店員がいくつかタキシードを持ってきた。黒、紺、グレー。 どれも高級そうだな……。 「Let’s start with this classic black tuxedo. It’s very popular for weddings」（まずはこちらの定番の黒いタキシードから。結婚式に大変人気があります） 店員が黒いタキシードを渡してくる。 「遥、まず定番の黒から試そう。“結婚式で人気がある”ってさ」 「あ、うん……」 俺は試着室で着替えた。 鏡を見ると、きちんとしたタキシード姿。 ちょっぴり見慣れない自分がいた。 「……おぉ……すげぇ。どうだろう、これ」 不安になりながら外に出ると、拓実の目が輝いた。 「うわ、めちゃくちゃ似合う」 「ま、マジ？」 「マジ。すごくいい」 拓実が近づいてきて、襟を直す。その距離が近くて、ドキドキした。店員も満足そうに頷く。 「Perfect fit! You look amazing」（完璧です！　とてもお似合いですよ） 「“完璧”だって。でも、もう少し他のも見てみようか」 「This navy one is also very elegant」（こちらのネイビーもとてもエレガントです） 店員が紺色のタキシードを勧めてくる。 結局、五着くらい試着した。どれも素敵だったけれど、最初の黒いタキシードが一番しっくりきた。 「じゃあ、これに決める？」 拓実が聞いてくる。 「……うん」 俺が頷くと、お母さんが嬉しそうに拍手した。 「素敵！　拓実も早く試着しなさい」 「分かったよ」 拓実も何着か試着した。どれも似合っていたけれど、ダークネイビーのタキシードが一番格好良かった。 「それ、いいじゃん」 俺が言うと、拓実が照れたように笑った。 「お前がそう言うなら、これにする」 店員が採寸を始める。 「We’ll need to take your measurements for the perfect fit」（完璧なフィット感のために採寸させていただきます） 「採寸するって」 拓実が俺に小声で訳す。 「Please stand straight」（まっすぐお立ちください） 店員が丁寧に肩幅、袖丈、着丈を測っていく。 その間、お母さんが楽しそうに話しかけてきた。 「二人とも本当に素敵。式が楽しみだわ」 「……ありがとうございます」 俺が照れながら答えると、お母さんが優しく笑った。 「遥くん、緊張してる？」 「……少し」 「大丈夫よ。当日はもっと緊張するから、今のうちに慣れておきなさいね」 「母さん、脅かさないでよ」 「脅かしてないわよ。事実を言ってるだけ」 三人で笑った。採寸が終わり、店員が説明する。 「The tuxedos will be ready in two weeks. We’ll make sure everything fits perfectly」（タキシードは二週間でお仕立ていたします。完璧にフィットするよう仕上げます） 「二週間で完成だって」 タキシードが決まって、店を出る。 「次はシューズね」 「母さん、今日はもういいだろ」 「ダメよ。タキシードに合う靴をちゃんと選ばないと」 お母さんが譲らず、拓実が苦笑する。 「……遥、頑張ろうな」 拓実が俺の肩を叩く。 「うん……」 俺も覚悟を決めた。 結局、その日は靴屋を三軒回り、カフリンクス（カフスボタン）の専門店にも寄って、夕方にようやく解放された。 「疲れた……」 俺が呟くと、拓実も同意するように頷いた。 「母さんさ、買い物の体力すごいよな」 「でも、楽しかったわ。明日は何を見に行こうかしら」 「明日は休みだから！」 拓実が即答する。 「あら、残念」 お母さんが笑う。 でも、その笑顔は本当に嬉しそうで、俺たちの結婚を心から祝福してくれているのが分かった。