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第59話 試食会という名のデート

俺たちは本格的に式の準備を始めた。 ホテルのテーブルの上には、招待状のサンプルや席次表、メニュー表、見積書などが散乱している。 「……こんなに色々あるのか」 呆然と呟く俺に、拓実は苦笑した。 「らしいな。俺も初めて知った」 「招待状だけで、もう十種類以上あるんだぞ」 テーブルの上には、色とりどりのデザインが並んでいた。 「これとか、シンプルでいいんじゃない?」 拓実が白地にゴールドの文字が入ったものを手に取る。 「……うん、それでいいと思う」 「じゃあ決定な」 拓実がチェックを入れ、次は料理の相談へ。 「フレンチのコースでいいよな?」 「俺は何でもいいけど」 「何でもって……もうちょっと主体性持てよ」 呆れた拓実に、俺は笑いながら言った。 「だって、どれも美味しそうだし」 「まあ、それはそうだけど……。じゃあ試食会、行こうぜ」 「試食会?」 「うん。式場で実際に料理を試食できるんだ」 スマホを取り出す拓実。 「もう予約入れといた」 「……ちょ、早いな」 「だって半年切ってるし」 俺が不安そうに言うと、拓実は優しく笑った。 「大丈夫だよ。俺たち二人でやってるんだし。お前がいてくれるから、頑張れる」 * ニューヨークの式場ホテル。 試食会当日、少し緊張しながら拓実と並ぶ。 「緊張する?」 「……ちょっと」 「俺も」 拓実が手を握る。 ホテルに入ると、ウェディングプランナーの女性が笑顔で迎えてくれた。 「Welcome! You must be Takumi and Haru.」 (ようこそ、タクミさん、ハルさんですね) 拓実が英語で答える。 「Yes, thank you for having us.」 (はい、お招きいただきありがとうございます) 俺は緊張で、頷くのが精一杯だった。 「Let me show you to the dining room.」 (ダイニングルームへご案内します) 案内されたのは、豪華なダイニングルーム。 テーブルには美しくセッティングされた食器が並んでいる。 「Please, have a seat.」 (どうぞお座りください) 座ると、プランナーが説明を始めた。 「Today, we’ll be serving you a sample of our wedding course menu.」 (本日は、ウェディングコースのサンプルをご提供します) 拓実が小声で俺に訳す。 「今日は、結婚式のコース料理を全部試食できるらしい」 「……全部?」 「多分な」 拓実が少し不安そうに笑う。 「Each course has been carefully selected to create a memorable dining experience for your guests.」 (ゲストの皆様に忘れられない体験を提供できるよう、各コースは慎重に選ばれています) 最初に出てきたのは前菜だ。 「This is our prosciutto and fig salad with balsamic reduction.」 (生ハムとイチジクのサラダ、バルサミコソース添えです) 「すごいな」 俺が一口食べると、甘みと塩気の絶妙なバランスに思わず笑みがこぼれる。 「美味い……」 「だろ?」 拓実も嬉しそうだ。 次に出てきたのはスープ。 「This is our roasted pumpkin soup with truffle oil.」 (ローストパンプキンスープ、トリュフオイル添えです) 濃厚なのに重くなく、口当たりが滑らか。 拓実が満足そうに頷く。 「これもいいな」 しばらくして、メインの登場。 「For the main course, we have butter-poached lobster and prime beef tenderloin.」 (バターポーチドロブスターとプライムビーフテンダーロインです) 「……こんなの、出すの?」 「結婚式だからな。豪華じゃないと」 「でも、高そう……」 「大丈夫。ここは俺に任せろ」 プリプリのロブスターと柔らかいステーキ。 口に入れると、思わず幸福なため息が出る。 「幸せだな……」 「結婚式も、こんな感じで幸せになれるといいな」 拓実が微笑む。俺も笑顔を返す。 最後はデザート。 「And finally, a slice of our signature wedding cake.」 (最後に、当店自慢のウェディングケーキです) 三段重ねのケーキを一切れずつ。 甘さ控えめで、口の中でふわっと溶ける。 「全部美味しかった、すごかったな」 「Your guests will love it.」 (ゲストの皆様もきっと喜んでくれるはずです) 拓実がプランナーに感謝を伝え、ホテルを出た。 「お腹いっぱいだな」 「試食だけで幸せになれるって、反則だな」 拓実が笑い、俺も思わず肩を叩く。 「さて、次は席次と装花の相談か……」 「やっぱり準備って、ちょっと大変そうだな」 「でも、二人でやれば楽しいさ」 拓実の言葉に、俺の胸がほっと温かくなった。

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