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第60話 もう迷わない、あなたと歩く未来
そのまま俺たちは、マンハッタンの街を並んで歩いた。
高層ビルの隙間を抜ける風が心地よく、遠くからはホーンの音と人々の笑い声が混じり合っている。
「セントラルパーク、行ってみる?」
拓実が柔らかく笑う。
「あぁ、行こうぜ」
街の喧騒から少し離れ、緑の広がる公園へ。
週末のセントラルパークは、まるで絵の中みたいだった。
ジョギングをしている人、犬を連れて歩くカップル、芝生の上でピクニックをする家族。
いろんな人の“日常”が、太陽の光に照らされてきらめいていた。
「ベンチ、空いてるな」
拓実が指を差す。
「座ろっか」
「うん」
二人で並んで座ると、風が頬を撫でていった。
目の前には、湖の水面がゆるやかに光っている。
「なあ、遥」
「ん?」
「お前と結婚できるの、本当に嬉しいんだ」
拓実が少し照れたように笑う。
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなった。
「……俺も、だよ」
自然と笑みがこぼれる。
拓実がそっと俺の手を取った。温かくて、しっかりと包み込む手。
「幸せにするから」
「うん」
その瞬間、時間が止まったように感じた。
風の音も、ざわめきも遠くなる。
この人となら、どんな未来でも――そう思えた。
「まだまだ決めること、たくさんあるんだろうな」
「まあな。でも、一つずつやってけば大丈夫だろ」
拓実が俺の頭を優しく撫でた。
その仕草がくすぐったくて、思わず顔を逸らすと、彼が小さく笑った。
「お前と一緒なら、何でも乗り越えられる気がする」
「……大げさ」
「大げさじゃないよ。本当のこと」
そう言って、拓実が俺の額にキスを落とす。
軽くて、優しいキス。
胸の奥が、温かいものでいっぱいになった。
「……戻ろうか」
「うん」
二人で立ち上がり、手を繋いでホテルへ戻る。
ビルの隙間から射し込む夕陽が、金色の光を街に落としていた。
これから始まる新しい人生――その期待で胸が高鳴っていた。
*
ホテルの部屋では、結婚式の準備が本格的に始まっていた。
テーブルの上には、招待客のリストとメモ帳、コーヒーの香りが漂っている。
「拓実の方は何人?」
「両親と親戚で十人くらい。あと、仕事関係で五人」
「十五人か。けっこう多いね」
「まあな。お前は?」
少し間をおいて答える。
「……仕事関係で三人」
「三人?」
拓実が少し驚いたように眉を上げる。
「……少ないかな」
「いや、そんなことない」
拓実がすぐに首を振った。
「でも、もっと呼びたい人いねぇの?」
「いない、かな……」
言いながら、自分でも少し寂しくなった。
友達がいないわけじゃない。でも、“結婚式に来てほしい人”って思うと、数えるほどしかいなかった。
「……ごめん」
「何で謝るんだよ」
拓実が、俺の手を包み込むように握る。
「お前が呼びたい人だけでいい。数なんて関係ないからな」
優しい声に、胸がほどけていく。
「でもさ、拓実の方が多いとバランス悪いかなって」
「そんなの気にすんな」
拓実が笑う。
「結婚式って、二人が幸せになるためのもんだろ? 見栄とか人数とか、関係ねぇじゃん」
その言葉が、静かに心に染みた。
「……ありがと」
「決まりだな」
拓実がペンを手に取り、チェックを入れる。
「来週には招待状を送ろう」
「あぁ」
拓実が俺を抱き寄せ、囁く。
「楽しみだな、結婚式」
「……うん」
温かな腕の中で、未来の輪郭が少しずつ鮮やかになっていく気がした。
*
数日後、俺は滝沢さんを訪ねた。
直接、招待状を渡したかった。
「滝沢さん、これ……」
差し出した封筒を見て、滝沢さんが目を丸くした。
「これは……招待状ですか?」
「はい。もしよければ、来ていただけますか?」
滝沢さんの顔がふわっと綻んだ。
「もちろん。喜んで行かせていただきます」
封筒を開きながら、彼が優しく笑う。
「ニューヨークですか。素敵ですね」
「はい。拓実の地元なんです」
「そうでしたね……。二人とも、本当に幸せそうだ」
滝沢さんの目が柔らかく細められる。
「それで、当日は何かお手伝いできることありますか?」
「いえ、来ていただけるだけで十分です」
滝沢さんは少し寂しそうに、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか。でも、何か困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」
「ありがとうございます」
「当日、楽しみにしてますね」
「はい。絶対、来てください」
――残る招待状はあと数通。
これを送ったら、もう後戻りはできない。
でも、不思議と怖くなかった。
拓実とならどんな未来でも笑っていける。
そんな確信が、心の奥に静かに灯っていた。
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